勝田文「風太郎不戦日記(3)」(MORNING KC)
小説家山田風太郎の「戦中派不戦日記」(講談社文庫)を漫画化している勝田文「風太郎不戦日記」が第3巻で完結しました。
文庫本になったのがもう50年くらい前のことです。「戦中派不戦日記」は1945年の一年間に、のちの風太郎、当時東京医専の学生山田誠也によって書きつけられた日記で、その後、「戦中派焼け跡日記」から「戦中派闇市日記」、「戦中派動乱日記」と続き、昭和26年から27年の日記、「戦中派復興日記」まで刊行されています。
現在では、それぞれ小学館文庫で読めるようです。ぼくは「戦中派不戦日記」(講談社文庫)を大昔に読んだ記憶がありますが、内容は忘れていました。
その日記の「まえがき」には、こんな文章が書かれています。
私の見た「昭和二十年」の記録である。
言うまでもなく日本歴史上、これほど ― 物理的にも ― 日本人の血と涙が流された一年間はなかったであろう。そして敗北に続く凄まじい百八十度転回 ― すなわち、これほど恐るべきドラマチックな一年間はなかったであろう。
ただ私はそのドラマのなかの通行人であった。当時私は満二十三歳の医学生であって、最も「死にどき」の年代にありながら戦争にさえ参加しなかった。
「戦中派不戦日記」と題したのはそのためだ。ただし「戦中派」といっても、むろん私一人のことである。
この「まえがき」を書いているのは、1970年当時、大人気作家山田風太郎で、書かれたのは日記を書いていた1945年からほぼ30年後です。
今回のマンガ「風太郎不戦日記(3)」のなかに、この「まえがき」を書いているときなのでは、と思わせるシーンがありました。
・・・今
見ている風景はほんとうなのだろうか・・・?
やはり変わっていないのではないか
今もあの時も・・・
マンガは「いまだすべてを信ぜず」という言葉で完結しますが、山田風太郎という「偉大」な小説家の、膨大な作品に通底する本質を嗅ぎ当てた勝田文さんの嗅覚に拍手!を贈りたい作品でした。