成島出「銀河鉄道の父」キノ・シネマ神戸国際
SCC(シマクマ・シネマ・クラブ)の番外編です。というのは、第3回SCCで「帰れない山」というイタリアの小説を映画化した作品を見たのですが、その後のおしゃべりで話題になったのがこの作品です。
成島出監督の「銀河鉄道の父」ですね。 「3年ほど前の、直木賞ですけど、門井慶喜という人の『銀河鉄道の父』が映画になっていますね。」
「映画、観ましたよ。で、講談社の単行本も手に入れてます。」
「原作は直木賞の時に読みました。おもしろかったですよ。」
「原作は、今、読み始めですが、映画は見ました。やっぱり、永訣の朝のところ、としこと別れのシーンは涙が出ましたね。」
「うーん、やっぱり。」
まあ、こういう会話があって、それならボクも見ましょうと、勝手に決めて、第3回SCCの、ちょっと一杯、の翌日に、キノ・シネマと名前が変わった神戸国際会館にやって来ました。
観たのは成島出という監督の「銀河鉄道の父」です。
宮沢賢治の父、宮沢政次郎(役所広司)が夜行列車に乗って、どこからか帰って来る車内のシーンから映画は始まりました。夜行列車=銀河鉄道の父です(笑)。
原作は、童話「銀河鉄道の夜」の作者宮沢賢治を題材に、質屋で古着屋だった実家の父、宮沢政次郎の視点から、あまり知られていない賢治と彼の家族の伝記的事実、実像を語ったエンターテインメントです。詳しい感想は読書案内に書いています。ご覧いただければ嬉しいです(笑)。
で、映画ですが、役所広司の一人芝居(違いますけど(笑))でした。団扇太鼓を打ち鳴らしながら南無妙法蓮華経を唱える賢治役の菅田将暉くんも、祖父を平手打ちするトシ役の森七菜ちゃんも、ついでにいえば祖父役の田中泯さんも、まあ、乱暴な言い方ですが芝居になっていませんでした。しかし、ボクはシラケませんでした。宮沢賢治だからでしょうかね。
SCCのM氏は「永訣の朝」あたりのシーンについておっしゃっていましたが、ボクは 「雨ニモ負ケズ」を、賢治の臨終の場で、父、政次郎、役所広司が朗読する場で泣きました。場面と関係なく役所広司の朗読がよかったのです。
で、そのことを報告すると、M氏から返信がありました。
「雨ニモマケズ」のところは作りすぎでわたしは白けました。母親が見事に描かれてなくて、本当に父と賢治だけの映画ですよね。まあ、観ているこっちも、あとの役者は名前すら知らない。で、作り手と観客がなまぬるさにお互いに甘えているような。でも日本の映画だから許すところがありますね。ちょっと厳しすぎる見方ですかね?
なるほど、なるほど、ですね。
M氏は日本の近現代文学について、実に丁寧に読んでいらっしゃる方です。もちろん宮沢賢治についても、詩だけでなく、家族や生活、思想についてもよくご存知のはずです。その彼が「永訣の朝」という、あまりにも有名(?)な詩で描かれている場面に、思わず落涙なさったのは、実はその詩を暗唱できるほどにご存知だったからではないかとボクは思いました。宮沢賢治というだけで、どこか、予定調和的な安心感がありますね。
M氏が付け加えておっしゃった一言ですが、「雨ニモ負ケズ」の朗読に涙したボクですが、実は賢治役の菅田将暉くんが妹トシに「風の又三郎」の冒頭を読んで聞かせるシーンでは、ドン引きでした。「どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ」
菅田将暉くんは、この作品を、まあ、勝手な憶測ですが、読んだことがない、そういう朗読でした。このあまりにも有名な、擬音と擬態を両義的に表していることばの持っている力強さも哀しさも響いてこない声でした。役者として初心者という印象でしたね。 ついでに言えば、ボクが涙したシーンは、父と息子の和解のシーンとして描かれていましたが、黒皮の手帳を見た政次郎の父としての寛容の深さは、息子が手帳に書きつけている詩句を暗唱するほどに何度も読んだという父の子に対する思いに加えて、下の追記に載せていますが、その「雨ニモ負ケズ」の詩句とともに南無妙法蓮華経という法華教の真言が記されていることを、南無阿弥陀仏を信じる目で見た上でのことであったことも大切な要素だと思います。
信じるものが違うまま死んでいく息子の作品の最初の読者になるために父は父として、越えなければならない壁があったわけで、役所広司の朗読は、そのあたりを思い出させてくれる力があったとボクは思いました。
というわけで、役所広司さんに拍手!でした。監督 成島出
原作 門井慶喜
脚本 坂口理子
撮影 相馬大輔
編集 阿部亙英
音楽 海田庄吾
主題歌 いきものがかり
キャスト
役所広司(宮沢政次郎)
菅田将暉(宮沢賢治)
森七菜(宮沢トシ)
豊田裕大(宮沢清六)
坂井真紀(宮沢イチ)
田中泯(宮沢喜助)
2023年・128分・G・日本
配給キノフィルムズ
2023・05・16-no061・キノ・シネマ神戸国際
追記2023・05・28
折角ですから、宮沢賢治の詩を二つ追記します。「永訣の朝」と「雨ニモマケズ」です。
永訣の朝 宮沢賢治
けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
( Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
うまれでくるたてこんどはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあよにうまれてくる
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資か糧てをもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩