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オリバー・ハーマナス「生きる」 話題の「生きる」、英語の題は「Living」、黒澤明の「生きる」をノーベル文学賞のカズオ・イシグロの脚本でリメイクして、志村喬の役を、ボクでも知っている老優ビル・ナイが演るというわけですから、まあ、評判になりますよね、そう思って余裕を持ていたら封切館の上映が終わってしまいました。
「えっ?話題じゃないの?流行ってないの?」 同居人のチッチキ夫人は、いつの間にかチャッカリ見てきたようで、余裕です。 「ブランコにのって歌うたうの?」 そんな、おしゃべりをしながら、結局、気になったのは、原作(?)のあの歌のシーンでした。 で、パルシネマが、ほんの一月遅れで二本立てで見せてくれるというのですから見逃すわけにはいきません(笑)。 オリバー・ハーマナス監督の「生きる」=「Living」です。 今更、筋立てについてあれこれいうつもりは毛頭ありません。ビル・ナイという実力派の俳優が志村僑の役を演じているのですが、リメイクのイギリス版を見ながら、ああ、そんな話だったなあとか考えているのもイマイチだなあとか思いながら映画は始まりました。 いかにもイギリスという感じ紳士の皆さんやの田園風景を蒸気機関車が走るのを、フムフムという気分で眺めていたのですが、主人公の課長さんが自分の病気のことを息子に伝えることができないシーンを見ていてハッとしました。 息子の妻の態度とか、夫婦関係とか関係ありません。大人になった息子に、父親である自分の内情を伝えることができないのです。 「そうなんだよな。結局、そこのところをどうしていいかわからないんだよな、この年になってみると。」 そこから、すっかり主人公に入れ込んで見ることができたのですが、山場に差し掛かって、もう一度、ハッとするシーンがありました。 見る前から気になっていた、問題のあのシーン、主人公が歌う場面です。「ナナカマドの木」というスコットランドの歌でした。まあ、絶唱するわけですが、問題は歌詞でした。もちろん、あてずっぽうなのですが、聞き間違いでなければ、故郷の美しい風景と、その風景の中で母親が子供を見ているシーンを歌う歌だったと思います。 ボクは、その歌から聞こえてくる「マザー」という歌詞にひいてしまったのでした。自分が、その言葉を聞いて冷めていくのを実感しながら、冷めていく自分にも驚きました。 原作(?)で歌われるのは「ゴンドラの唄」でした。ブランコの志村僑はボソボソ歌っていたと記憶しているのですが、歌詞がいいのです。 いのち短し 恋せよ乙女この歌が歌っているのは、今、この時を生きることへの励ましでした。思い出の故郷や、そこに重ねられた母の眼差しではありません。 ボクはカズオ・イシグロという作家の中途半端なファンです。で、たとえば、初期の「遠い山なみの光」(早川文庫)=「女たちの遠い夏」(ちくま文庫)であれ、評判をよんだ「わたしを話さないで」(早川文庫)であれ、故郷を失った、あるいは、はなからそんなものはない人間の孤独な姿を描く作家だと思い込んでいたのですが、ここでビル・ナイに歌わせたのは 故郷?!、母?! という驚きと落胆でした。 エンドロールを眺めながら、別の映画を思い浮かべるというのも変ですが、ボクは、あの、朴訥の権化のような厚い唇の志村僑に、ボクが生まれる2年前、今から70年前に、あの歌をうたわせた黒澤明という監督を思い浮かべて、チョット身震いする気分でした。 このイギリス版の「生きる」も、決してつまらなくはないのですが、結局、亡くなった後も孤独だった黒澤版に比べると、主人公に歌わせる歌の違いの中にカズオ・イシグロの人の好さのようなものが表れて凡庸な結末を描いてしまったと、ボクは思いました。 言わずもがななのでしょうが、黒澤は、やはり、スゴイですね(笑)。 監督 オリバー・ハーマナス 原作 黒澤明 橋本忍 小国英雄 脚本 カズオ・イシグロ 撮影 ジェイミー・D・ラムジー 美術 ヘレン・スコット 衣装 サンディ・パウエル 編集 クリス・ワイアット 音楽 エミリー・レビネイズ=ファルーシュ キャスト ビル・ナイ(ウィリアムズ) エイミー・ルー・ウッド(マーガレット) アレックス・シャープ(ピーター) トム・バーク(サザーランド) 2022年・103分・G・イギリス 原題「Living」 2023・07・03-no81・パルシネマno59 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.08.02 01:33:04
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