池内紀「101冊の図書館」(丸善ライブラリー101) 本棚から転がり落ちて来たので案内しますね。2019年に亡くなってしまったドイツ文学者の池内紀さんが1990年代に「サンデー毎日」とか、茶道の雑誌だと思いますが「なごみ」とかに連載していらっしゃった書評をまとめた新書です。
書名は「101冊の図書館」で、丸善ライブラリーの1冊です。出版は平成五年ですから、1993年、30年前の本です。ふるー!
というところですが、案外古びていません、というのは、紹介されている本のほとんどが、もっと古いのですね(笑)。
要するに読書エッセイの達人が、知られていそうで知られていない、まあ、まったく知らなかった本もありますが、いつの時代に持ってきても、ナルホドという名著をネタにうーん!
と唸るしかないような文章を、さらりと認めていらっしゃるのを読むというわけですからね、古びませんね。
で、100冊、どんな本かということですが、ネットの書誌にも出てこないので、仕方がありません。全部写してみました。ついでに、取り上げられている作品の出版社もつけておきます。
目次
1 H・メルヴィル「白鯨」(岩波文庫) 2 飯島友治編「古典落語志ん生集」(ちくま 文庫) 3 尾崎士郎「ホーデン侍従」(暁書房) 4 クラウゼヴィッツ「戦争論」(岩波文庫) 5 梶井基次郎「桜の樹の下には」(ちくま文庫) 6 杉浦茂「猿飛佐助」(筑摩書房) 7 カザノヴァ「回想録」(河出文庫) 8 兼常清佐「与謝野晶子」(角川文庫) 9 柳田國男「山島民譚集」(平凡社) 10 アンデルセン「童話集」(岩波文庫) 11 R・バルト「エッフェル塔」(審美社) 12 「食道楽」(五月書房) 13 寺山修司「一握の砂補遺」 14 宮武骸骨「滑稽新聞」(筑摩書房) 15 滝沢馬琴『南総里見八犬伝』(河出書房新社) 16 シェイクスピア「フォルスタッフ」(白水社) 17 マクルーハン「グーテンベルグの銀河系」(みすず書房) 18 室町京之介「香具師口上集」(創拓社) 19 ガルシア・マルケス「族長の秋」(集英社) 20 宮本常一「忘れられた日本人」(岩波文庫) 21 シャイラー「ベルリン日記」(筑摩書房) 22 シムノン「メグレ警視シリーズ」(河出書房新社) 23 子母澤寛「遊侠奇談」(桃源社) 24 平岩米吉「犬の生態」(築地書房) 25 ジュール・ヴェルヌ「八十日間世界一周」(角川文庫) 26 野崎万理他「上方はなし」(三一書房) 27 モリエール「守銭奴」(岩波文庫) 28 丸山薫「帆・ランプ・鷗」(中公文庫) 29 吉田健一「私の古生物誌」(ちくま文庫) 30 辻まこと「虫類図鑑」(みすず書房) 31 コナン・ドイル「名前の研究」(新潮文庫) 32 曾良「随行日記」(小川書房) 33 セルバンテス「ドン・キホーテ」(岩波文庫) 34 三田村鳶魚「大衆文藝評判記」(中公文庫) 35 フロベール「ブヴァールとペキシュ」(岩波文庫) 36 佐藤春夫「殉情詩集」(筑摩書房) 37 滝田ゆう「寺島町奇譚」(ちくま文庫) 38 岡本一平「へぼ胡瓜」(旺文社文庫) 39 ワイルド「ドリアン・グレイの画像」(岩波文庫) 40 フロイト「夢判断」(新潮文庫) 41 和田誠「倫敦巴里」(話の特集編集室) 42 森銑三「佐藤信淵」(中央公論社) 43 魯迅「雑文集」(龍渓書舎) 44 坪内稔典「おまけの名作」(いんてる社) 45 ルドルフスキー「さあ横になって食べよう」(鹿島出版会) 46 石川恒太郎「日本浪人史」(西田書店) 47 篠田一士「世界文学「食」紀行」(朝日新聞社) 48 橋本万平「狛犬を探して」(私家本) 49 アメリ―「自らに手をくだし」(法政大学出版局) 50 玉林晴朗「文身百姿」(文川堂書房) 51 ピセツキー「モードのイタリア史」(平凡社) 52 大佛次郎「パナマ事件」(朝日文庫) 53 岡本誠之「鋏」(法政大学出版局) 54 ヴィトゲンシュタイン「論理哲学論考」(法政大学出版局) 55 ベンヤミン「ドイツの人々」(晶文社) 56 名和弓雄「拷問刑罰史」(雄山閣) 57 カフカ「変身」(新潮文庫) 58 中瀬喜陽「熊野中辺路・詩歌」(熊野中辺路刊行会) 59 森銑三「明治東京逸聞史」(平凡社) 60 今官一「隅田川のMISSISSIPPI」(津軽書房) 61 カネッティ「マラケシュの声」(法政大学出版局) 62 ゲーテ「若きウェルテルの悩み」(岩波文庫) 63 ゴーゴリ「鼻」(岩波文庫) 64 矢野目源一訳「ヴィヨン詩抄」(椎の木社) 65 槇有恒「山行」(五月書房) 66 尾佐竹猛「賭博と掏摸の研究」(總葉社) 67 大石真人「全国いで湯ガイド」(山と渓谷社) 68 岡本綺堂「半七捕物帖」(光文社文庫) 69 シェイクスピア「ヴェニスの商人」(新潮文庫) 70 小林太市郎「芸術の理解のために」(淡交社) 71 ジョフィン・テイ「時の娘」(ハヤカワ文庫) 72 チャンドラー「大いなる眠り」(創元推理文庫) 73 柳田國男「還らざりし人」(ちくま文庫) 74 北原白秋「日野国」(菊竹金文堂) 75 カフカ「城」(新潮文庫) 76 牧野信一「ゼーロン」(岩波文庫) 77 神西清「みいらヲカナシム歌」(文治堂書店) 78 レ二・リーフェンシュタール「回想」(文藝春秋) 79 チェーホフ「犬を連れた奥さん」(岩波文庫) 80 シュニッツラー「死人に口なし」(岩波文庫) 81 横光利一「名月」(河出書房新社) 82 南波松太郎「日和山」(法政大学出版局) 83 村井弦斎「食道楽」(柴田書房) 84 平塚武二「太陽よりも月よりも」(童心社) 85 西山松之助「しぶらの里」(吉川弘文館) 86 カネッティ「群衆と権力」(法政大学出版局) 87 橘樹まゆみ「日本の女」(晧星社) 88 エイメ「壁抜け男」(早川書房) 89 幸田文「父―その死」(新潮文庫) 90 石井研堂編「異国漂流奇譚集」(新人物往来社) 91 マリオ・プラーツ「記憶の女神ムネモシュネ」(美術出版社) 92 穂積勝次郎「姫路藩の人物像」(私家本) 93 内田百閒「東京日記」(岩波文庫) 94 レニエ「ヴェニス物語」(弘文堂) 95 木下杢太郎「食後の唄」(中公文庫) 96 伊藤整「雪明りの路」(新潮社) 97 樋口一葉「恋歌」(筑摩書房) 98 寒川鼠骨「鼠骨集」(改造社) 99 三好達治「郷愁」(岩波文庫) 100 辻まこと「山で一泊」(創文社)
あとがきにかえて
いかがでしょう、気になる本はありましたでしょうか?まあ、これでは味もそっけもないので、一番最後、100冊目の辻まこと「山で一泊」をちょっと紹介しますね。
辻まことという人は辻潤という餓死したアナーキストの息子ですが、お母さんが甘粕事件で大杉栄と一緒に殺された伊藤野枝ですね。辻まこと自身も1970年代だったと思いますが、60数歳で自ら命を絶った人です。虫とか山とか、独特のエッセイ、絵画作品を残しています。
辻まことの作品を収めた書籍としては、みすず書房の「辻まことの世界 正 続」、「辻まこと全集 全6巻」とか、ちくま文庫の「虫類図譜」とか、平凡社ライブラリーの「辻まことセレクション1・2」とか、今では色々出ていますが、池内さんが取り上げているのは創文社の「山からの絵本」だと思います。
で、書評ですが、蒼穹 辻まこと「山で一泊」と題されていて、こんなふうに書きだされています。
静かな雨に閉ざされた夜のテントに一人いるとしよう。「実際にいま私はそうなんです・・・・めったにない貴重な時間です。」
私たちはみな生まれてこのかた「おまえは人間だ、人間だ」といわれ続けてきた。たまにそういう強制的な「契約意識」から解き放たれてみてもいい。人間の権利、義務、家庭、仕事、エトセトラ。人間、人間といい続けるほど、これは上等な生きものだろうか。「君がもしいま稜線の手頃な岩に腰をおろして、ハイマツの上を吹きぬけてくる風に吹かれているとする」
あるいは倒木にもたれて、木々の間をすぎる風の音を聴いているとしよう。そんあとき、どんな感じがするものか。サワサワと鳴る囁きにのせて。彼らの経験してきた旅の話が聴こえてこないか。谷間の陽かげに湧く小さな泉の話。そのそばの苔の香り。しばらく運んだ渡り鳥の群れのこと。話を聴くばかりでなく、ときには頼んで風に心を乗せてもらえないか。
まあ、こんな感じです。辻まことが、どこかに出てきているのか、まだなのか。まあ、よくわかりませんが、続けて写すと名前が出てきます。 辻まことはこの本の中で、福島と栃木の県境の帝釈山地で出くわしたヤマノヒトのことを書いている。世間との交渉を一切絶って山中に消えた男。その眼は茫漠としていたが異常な気配はまったくなかった。寂しい悲しみを思わせる表情があったという。ひとことも口をきかない。声だと思ったのは、小石に皮を張った古風な鹿笛であることが、あとでわかった。
もはや言葉を忘れ、気もふれてーと人はいうだろうが、はたしてそうか。計画と用意と忍耐がなければ、長い雪の中の生活を過ごしていけるわけがない。経験を推考する言葉がなくて、どうして厳しい環境を克服できるだろう。人は正気を失うと狂気とだというが、正気でも狂気でもない世界があるのではないだろうか。「文化動物」として馴育される秩序をはなれた精神状態。混乱でも混沌でもない、まるきり別の意識でもって環境に適応する。というよりも、環境の意味を変えていく、そういう精神世界があるような気がする。
と、まあ、やっぱり、辻まことがどこにいるのかわからないまま、もう少し続いて、結論はこうでした。
私は夢見ている。おだやかな晴れた朝だ。なんとなく運のいい山旅のような気がする。水筒にみずをつめ、地図をたしかめたのち歩きだす。「左うぐいす右うぐいす」、そんな草野心平を辻まことも引いている。混成林の緑の底でうごめいていると、まるで全身を緑色で染められたような気持がする。
昼すぎ、山頂。
「ちょっと下った岩の上から日本海が見晴らせる。潮風が涼しい。食事にする」(P212)
ね、見事なものでしょ。
まあ、こういう書評というよりもエッセイが100冊分載っていて、この本と合わせて101冊なのでしょうね。この本自体、手に入るかどうか、むずかしいかもしれませんが、いかがでしょう。
今回、目次を写しながら、一番驚いたのはこのかたですね。橘樹まゆみ「日本の女」(晧星社)。すぐにお気づきの方はえらいですね。谷根千の森まゆみさんの最初のペンネームなんだそうですね。池内訳の「カフカ全集」も、読まなきゃと思うばかり滞っていますが、ここでまたしても、「読まなきゃ本」が増えてしまいました(笑)。
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