週刊 読書案内 リービ英雄「模範郷」(集英社文庫)
リービ英雄「模範郷」(集英社文庫) 「天路」で思い出したリービ英雄を続けて読んでいます。今回の案内は「模範郷」(集英社文庫)という作品集です。目次「模範郷」 7「宣教師学校五十年史」 83 「ゴーイング・ネイティブ」119「未舗装のまま」 145 上の目次のように四つの短編が所収されていますが、同じテーマで書き継がれている連作といっていいと思います。後ろの数字はページです。 台湾の西側、つまり台湾海峡の中央あたり、台中なる地方都市の町外れの「模範郷」という場所に、その家はあった。「模範郷」は中国の國語(グオユー)でモーファンシャン、そこに住んでいたアメリカ人の間ではModel Villageと呼ばれていた。一九五六年、そのアメリカ人の父母に連れられて六歳の時そこに住みついたぼくはたぶん、英語の呼び方を最初に覚えて、そのすぐ後に、ペディキャブで家に帰るときにその車夫に告げる自分の家の住所として「モーファンシャン」を覚えた。 その町を創り、一九四五年までその町の住人たちだったはずの日本人の、元の呼び方、もはんきょう、とは、十歳のときにそこを離れてから何年も経ち、大人になってからはじめて知ったのであった。 模範郷に並ぶ家は、すべて「日本人建的(ルベンレン ジエン デ)」家なのだと、ぼくの家に出入りする国民党(ナショナリスト)の誰かから、たぶんはじめてその話を聞いた。 その家に住んでいた、六歳から十歳まで、実際の「日本人」には一人も会ったことはなかった。「日本人」は畳部屋が連なる平屋と、鯉が見え隠れする池の背後にある築山を創ってから永久に去ってしまった。顔も声もなく伝説的な過去に生きた存在だった。(P17~P18) 日本語で書かれた「模範郷」というこの作品集を手に取った読者が、おそらく最初に持つであろう疑問、「模範郷って何?」に応えるべく書き込まれたかに見える、格好の解説の一節が、当の「模範郷」という作品の始まりあたりにありました。 この作品の前に読んだ「天路」もそうでしたが、アメリカ、台湾、日本、中国、二つの大陸と二つの島をめぐりながら、英語、日本語、そして、いくつあるのかわからない中国語という、まあ、三つの言語の音の響きに耳を澄ませ、今、現在という時間の中にあって、それぞれの「音」が語り手の脳裏に想起する幻影のような記憶の断片を手繰りよせるように描いていく手つきが印象的な作品でした。 「わたしは、なぜ、ここにいるのか」 そういう問いの向こうに立っている、リービ・英雄(Ian Hideo Levy)という、不思議な名を持つ作家の哀しい孤独な姿が浮かんでくる傑作でした。 ぼくにとって、リービ英雄ぐるいは始まったばかりです。マア、この年になってなんですが、物ぐるいして取り付く甲斐のある作家だと、作品を集めていますが、さて、どこまで行くことになるのでしょうね。それぞれ、読み終えれば報告したいと思います。また、覗いてくださいね(笑)。