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カテゴリ:随想
今日は81才の生涯に幕を閉じた方の葬儀に参列して思ったこと。 昨年後半、肺がんが見つかり、またたくまに全身に転移したとのことを葬儀委員長がご挨拶で述べられました。病気をあるがままに受け入れて抗がん治療を拒否したうえ、玉川温泉などの延命療法は知り合いには勧めても自らはやらなかったとのことです。お孫さんのお別れの言葉の中でじいちゃんは「やりたいことはすべてやった」と云っていた。人は遅かれ早かれ100%の死亡率です。必ず死を迎える瞬間があります。「やりたいことをすべてやった」と言い切れる人生をまっとうしたからこそ、あるがままに病気を受け入れてあの世への旅立ちをしていったのかもしれません。この世の死は、あの世の誕生ということになるそうですが、 ここで「万人幸福の栞」の139ページ以降から最後のページまで目をとうしてみました。死は生なり、最後の4行は「まことに生きぬいた人は、死によって、いよいよ広く、いよいよ高く生きがえり、生をまことになし得なかった者は、死も亦ほんとうに死たらしめない。生は死の仮相であり、死は真の永遠の生である。」とある。 それにしても「やりたいことをすべてやった」と云いきれる人生いいですね。有限の人生です。与えられた出会いの中で存分に生をまっとうされたからでしょうし、正面祭壇の「感謝」と「奉仕」の言葉が印象に残りました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013/01/17 08:54:08 PM
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