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カテゴリ:法則
この世の中は、不常である。 別の言葉で云うと、変化常道ということである。 5年もすると、仕事が変わっていたり、廃業したり、別の会社に移籍したり、人によってはあの世に旅立ってしまう場合だってあるのだ。まぁ年代的にも古希を迎えたので、もはや一年一年が環境変化対応というこかもしれません。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ たのしみは 期待をこえた 美味しさに 一人微笑む 遭遇しとき らーめんと握り寿司のセットが出てくるのはその昔、子どものころ群馬県大泉町に吉田屋分店に、今から60年前の人気メニューだった。それ以来かも。玉川村の鮨むなかた、着丼した丼からたちのぼる香りが私好みだった。鮨屋なのにらーめんが美味い‼️なんでもご主人がらーめん好きで鮨にあうらーめんをつくったのが好評でメニューに加えたところ評判になったとのことです。 #鮨むなかた #玉川村 思い出したついでに群馬県大泉町にかつてあった鮨屋、吉田屋分店のことについて記してみよう。昭和30年代、当時のラーメンと云えば袋入りの即席らーめんが出始めて蓋のついた丼を購入して沸騰したお湯を注いで3分待ったものです。お店でラーメンを初めて食べたのが吉田屋分店でのラーメンでした。又それは私の初めての外食でした。日活館で映画を観た後に吉田屋分店に寄ったのです。父親が映画を見に連れて行ってくれたのです。ラーメンといっしょに握り鮨の桶が出てきたのです。 当時としては、最高のご馳走でした。ですから、私にとってラーメンとにぎり鮨のセットは、郷愁の味なのです。吉田屋分店は2〜30年前に閉店となっております。吉田屋分店に比べて、今日の「鮨むなかた」は雲泥の差がある美味しいセットでした。数日前にTV放送でご主人のラーメン好きが高じて評判の味が知れることになり今では人気商品になっているとのことだったので近日中に訪問しぜひ味わってみたいと思ったわけです。 鮨(寿司)といえば、廻る寿司を除くと高級なイメージがありますが、そもそも江戸時代は庶民の味としてのスタートでした。江戸の庶民の住まいであった長屋は木造であったために火事防止のためにも家の中での炊事を禁じられていたために、食事は天秤棒を担いだり屋台で済ませた。今で云うところのファーストフードであった。当然のこと価格も庶民価格であった。明治、大正、昭和と時代が移り、屋台から店を構えて上等なものへと変化してきたのです。未だに一人一万円を超える食事は、とても庶民の食事とは云えません。私は今で云うところのB級グルメ、これが庶民を代表する食事だと思うところです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022/11/17 09:54:33 AM
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