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テーマ:子供のころの思い出を語ろう(2)
カテゴリ:随想
わが家の文明の変化 家の中の電気は裸電球1ヶだけだった。 二股ソケットから電気コードをひいてラジオが置いてあった。 赤胴鈴之介を聞いてそれから大相撲のラジオ中継だった。 赤胴鈴之介の放送期間:1957年1月7日 - 1959年2月14日(全42回) 小学校入学前の5歳から7歳のときに聞いていたわけです。 プロパンガスが入ったのが小学校1年生のころ、昭和34年頃かと思う。 ご飯を炊くガス釜が5年生、昭和38年だった。 それまでは竈門だった。竈門はブロックとモルタルで父親の手製だった。 私が物心ついたころは、父親の乗りものは、自転車だった。自転車からホンダのカブ号に変わったのは、私が4年生だから昭和37年。 ラジオが家に入ったのは、3〜4歳のころだったろうか。 電話が入ったのは、電話と言っても農集電話と云って、お隣り3軒位が同じ番号なのか、使っている声がダダ漏れでもそれが当たり前だった。ちゃんとした電話は、東京オリンピックの昭和39年。水道敷設も同じ頃だった。 借家から家を建てて引っ越したのが、昭和39年の秋、テレビも購入して東京オリンピックを白黒テレビで見た。そして4年後のメキシコオリンピックでカラーテレビになった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 今日のランチは久しぶりのかっぱ寿司、半年以上のご無沙汰でした。 アプリ会員しか食べられないメニューがあるんだって ! かっぱ寿司で「アプリ会員の新特典皿550円」とあったのでアプリ新規登録をする。この写真2皿で550円ということではありませんので冷静に考えればそんなにお得感はないかもと食べ終わってから気づいた。赤い文字で表示された「こんなにお得だったの⁉︎」にいとも簡単に釣られてしまう私でした。お腹が空いていると思考力、判断力がにぶるのかも。いずれにしましてもアプリでの顧客囲い込み戦略。ダウンロードして新規登録できないと割引の恩恵にあずかることができないわけです。デジタル社会に適応できないと割引恩恵から除外されてしまいます。 私ぐらいの歳になれば、このくらいの量が丁度いいかも‼️しれません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022/07/13 10:19:05 PM
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