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2011年06月19日
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カテゴリ:里山の草花たち

連絡のとれない不安

東京の家から昨日、父の日に梅ワインの詰め合わせが届いた。地震と原発事故以来、連れ合いには一度だけ来てもらったが、それから、かれこれ2ヶ月ほど会っていない。その分、毎晩、欠かさずに小一時間ほど電話で会話を楽しんでいる。一緒にいる時は改まって話すことはなかったが、離れて暮らすと不思議なもんでメールにしろ電話口での会話にしろ結構話すから面白い。連れ合い曰く、私のボケ防止だそうだ。

梅ワイン.JPG 梅ワインの『梅うふふ』 名前が素敵だ

地震のあった日に、携帯ラジオでは東京でも相当に大きな地震であって何人かの死傷者が出たと伝えていた。また当日の新幹線が途中で立ち往生したというのもラジオで聞いた。携帯電話をいくらしても東京の娘とも東京に向かっていたはずの連れ合いとも連絡が取れない。ケガでもしてないか、新幹線が止まり進退きわまっているのではないか、連絡が取れないと余計に不安にかられてしまう。

震災のあった翌日、意を決して連れ合いを探しに出かけることにした。町で災害時の仮設電話でも設置しているかと地元の役場に出かけたが、職員は浮き足立っていて肝心な情報は何もなく、まともな対応もしてくれない。隣接している市の分庁舎車を走らせると、発電機が稼動していた。公衆電話が使えると職員が親切に対応してくれた。だが、やはり東京の家の電話にも連れ合いや娘の携帯にも通じなかった。

福島市に向かったが、隣の町も市も何処もかしこも停電だった。給水に列をなしていた。福島駅に行ってみたが、構内が地震で崩れていて危険なので入り口が閉まっていて入れない。AUの販売店に行けば携帯電話の上手い操作方法を教えてもらえるかもしれないと行ってみるが、特段上手い方法はなく、今は掛かりにくくなっているので繰り返し掛けるしかないと言う。

途中の駅まで行けば情報がもらえるかもしれないと次の駅、また次の駅・金谷川と向かうが駅員がいても情報が入っていこないと、すげない返事しか返って来ない。途方に暮れる。腹が減ってきた。そういえば昨夜から飯らしい飯を食べていない。

金谷川という駅は福島大の最寄駅で家からも20分ほどと近く駅前に無料の駐車場があり比較的多く利用している駅だ。広場の横に学生向けの食堂が開いていた。待っている間に所在なく携帯に電話を電話していると、な なんと!連れ合いの携帯に繋がった!!

東京の娘は無事だという。連れ合いは怪我もなく避難所にいて炊き出しのにぎり飯や温かな味噌汁を頂いたという。夕方にでも新幹線が動くだろう、このまま待っているから心配しないで大丈夫だという。このときは、その程度で、すぐに復旧するとたかをくくっていた。

あにはからんや、新幹線が開通したのはそれから一月も先のことだった。その時は、そんこととは思いも及ばず、ホッとして帰宅した。その日の夜のラジオのニュースで新幹線は当分は動かないと報じた。

これは明日にでも郡山に迎えに行かなくては。翌早朝にディーゼル車で出発。これが正解だった。既にガソリンが不足し始めていたが軽油は若干売られていた。帰りに何ヶ所かのスタンドに立ち寄って10リットルずつ軽油を注入できた。

既に高速の東北道は一般車は通行できないとニュースで伝えていた。国道四号線も途中で通行できない箇所があるかもしれない。裏道を通って三春の近くまで行って4号線に出よう!このときは原発事故のことは全く頭になく、結構高い放射線の値の所を通って行った。

郡山駅についたが何処に避難所があるのか皆目分からない。駅構内の派出所に訊くと駅前のビルにもしかしたら避難しているかもしれないとのこと。入口の受付に名簿があった。けっこう沢山の人が避難しているようだ。名簿が何分冊にもなっている。一通り見てもいない。他の避難所なんだろうか。諦めかけていたら受付の人が居ましたよ!と見つけてくれた。

避難所は大小何部屋にも別れていた。どの部屋の人もダンボールを下に敷いて横になったり、座っていた。みな憔悴しきっていた。4っつ目の部屋の奥で連れ合いは座って横の若い女子と談笑していた。鼻の奥がツーンとした。胸が高まった。嬉しかった。






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最終更新日  2011年06月21日 18時58分15秒
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