東京神田にある交通博物館が今月の14日で閉館する。この交通博物館、私にとって大変思い出深い。小学校4年生のとき親戚の結婚式のため初めて東京へ行った。ほとんど休日がなかった父親が「のりもの」好きな私のためにいろいろと手配してくれた。東京までの往復はまず長崎から寝台特急「あかつき」で新大阪までいき、新大阪から「新幹線」で東京駅までいく。知り合いの家がある立川まで「中央線」。もう1つの知り合いの家のある吹上(埼玉)まで上野からたしか「高崎線」。東京観光に「はとバス」。そして帰りは羽田からの「飛行機」。もちろん羽田まで「山手線」「モノレール」。帰りの飛行機は「YS-11」。初めてずくしの旅であった。今でも鮮烈によみがえる。寝台特急で眠るのがもったいなくずっと真夜中の外を見ていた。新大阪では新幹線への接続がたった3分しかなく走った。新幹線ではきれいな富士山をみれた。はとバスで明治神宮、東京タワーに行った。吹上の知り合いは転勤で引っ越した幼馴染の「てっちゃん」(鉄道マニアではない)。久しぶりの再開で恥ずかしかったが一緒にお風呂に入り一緒に寝た。立川では知り合いのお兄ちゃんから「スカイライン ジャパン」のダイキャストをもらったがうれしくてずっと持っていたら、帰りの飛行機で紛失した。飛行機では富士山を上から見た。東京の滞在は1週間ぐらいだったろうか、忙しい父とは1日しか合流できず、その1日で交通博物館へといった。その思い出の地が消えようとしている。この黄金週間、別れを惜しむべき多くの人々が交通博物館へと足を運んでいる。交通博物館は2007年(平成19)10月14日〔鉄道の日〕に、さいたま市へ移転し鉄道専門の博物館として開館する予定だそうだ。今、親となった私が子供にしてあげられることはなんだろうか。それはこのような思い出をいっぱい作ってやることではないだろうか。
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交通博物館