上田早夕里 『ラ・パティスリー』
パティスリー「ロワゾ・ドール」。毎朝鍵を開ける新米の森沢夏織が出勤すると、店の中ではひとりの見知らぬ職人が菓子作りに取り掛かっていた。彼の手つきは熟練のものであったが、ここは「ロワゾ・アルジャンテ」であり、自分はそのシェフ・パティシエだと言うのだ・・・ ミステリかと思って読み出したのですが、どうもこれはミステリではないような気がします。いや、相当広義なミステリか。パティスリーを舞台にした恋愛小説でしょうか。 とにかく次から次へとおいしそうなスイーツが登場し、読み手を飽きさせることはありません。作者自身が勤めていた経験もあるとのことで、菓子職人たちや裏方の苦労というのもよく伝わる作品です。 が、この物語の読みどころはそこではなく、あくまで夏織と謎の菓子職人市川恭也の関係、そして恭也の過去だったはず。そこに目を向けるとはっきり言ってイマイチ。ふたりの仲は何か劇的なものがあるわけでなく、ズルズルと近づいていっただけのよう。恭也の過去が知れるのもミステリ的な謎解きのようなものがあるわけではないので、盛り上がりは感じません。この辺にもうひと工夫ふた工夫があればまた違った感想を持つこともあったことでしょう。 欲を言えば、このパティスリー、あるいは菓子業界ならではの謎があるミステリだったら良かったのではないでしょうか。2009年11月11日読了