坂木司 『シンデレラ・ティース』
夏休みを迎え、大学生のサキは母親から紹介されたバイト先へ行ってみたが、そこは大嫌いな歯科医院だった。サキは子供の頃の体験から、歯科医院には行かないように過ごしてきたのだ。「品川DC」で受付のバイトを仕方なく始めたサキだったが、心やさしいスタッフに囲まれ、馴染んでいくサキ。しかし、受付は様々な患者の悩みやちょっとした事件とも向き合わなければならないところだった。 「医者が好き」という人は少ないと思うのですが、中でも「歯医者が好き」という人は極めて少ないのではないでしょうか。特にあの音! 僕も歯医者は嫌いなんです。それでもある程度我慢して通ってますけど。だからこういう温かみのある歯医者さん、いいなあ。それでも行かないで済むならそのほうがいいけど。 さて、この『シンデレラ・ティース』は歯医者を舞台にした連作短編集です。●「シンデレラ・ティース」 受付業務に慣れ始めたサキの前に現れたのはクレーマー? 彼は通院している彼女の診察について「時間がかかりすぎる」「薬が多い」と文句をつけだしたのだ。●「ファントムvs.ファントム」 予約の電話をかけてきた人と実際に現れた人は別人、しかも全くイメージの違う人だった。●「オランダ人のお買い物」 雨宿りに借りた軒先で出会った男性がクリニックにやってきた。患者の生活習慣などを記した「第二のカルテ」づくりのために談笑するサキだったが、話は思わぬ方向に。●「遊園地のお姫さま」 「わたし、きれい?」我が物顔でクリニックに入ってきた院長の孫娘はいきなり四谷にそう尋ねた。●「フレッチャーさんからの伝言」 仕事が忙しいことを理由に必ず遅れてくる患者がいる。だが、話を聞いているとどうもちぐはぐな印象が。 今まで読んできた坂木作品(『青空の卵』『切れない糸』)は、やはり共依存的な人間関係やあるいはBLらしさを感じる主人公など、読んでいて違和感を感じざるを得ませんでした。しかし、今作はそういった違和感を感じることなく、自然に読むことができました。それは主人公が女性だったことが1つの原因ではないでしょうか。サキの物事のとらえ方、考え方がきわめて普通に感じられたのです。きっと覆面作家の坂木さんは女性なのではないかと勝手に想像しています。 ミステリとしては決して複雑ではなく、どちらかというと結末の予想がつきそうな作品もあります。ただ、歯医者という設定を活かしたものも多く、おもしろかったです。こうやって見ると、歯医者に限らず医者というのは、専門知識だけでなく人のプライベートや生活習慣を活かした日常の謎がまだまだ作れそうな気がします。 ちなみに、サキの親友ヒロちゃんの作品も用意されているようなので、そちらは来年のお楽しみですね。 収録作:「シンデレラ・ティース」「ファントムvs.ファントム」「オランダ人のお買い物」「遊園地のお姫さま」「フレッチャーさんからの伝言」2006年12月18日読了