北村 薫 『街の灯』
一昨日、北村薫さんの『街の灯』を読了しました。 昭和初期、士族出身の華族である花村家に新しい運転手が雇われ、やって来た。名前は別宮(べっく)みつ子。当時珍しかった女性運転手の彼女は令嬢英子の専属となり、聡明かつ武芸にも秀でた彼女のことを英子は「ベッキーさん」と呼んだ。英子とベッキーさんが不思議なできごとに出会う短編集。 いわゆる「日常の謎」系列に属する作品なのですが、舞台設定が昭和初期の上流階級社会というある種浮世離れした世界のためか、リアリティから離れ従来の「日常の謎」とはちょっと違う雰囲気になっています。 以下、各編について。●「虚栄の市」 新聞記事をもとに、英子がベッキーさんの助けを借りて変死事件の謎を追う。有名な探偵小説(すみません、未読です)をモチーフにしていることが、この時代の雰囲気を醸し出す役割をも果たしている。●「銀座八丁」 英子の兄雅吉に友人から送られてくる品々。それらは、兄と友人が会う場所を隠した暗号になっているという。時代設定を活かした小気味よい暗号小説。●「街の灯」 軽井沢の別荘に滞在中、英子は同級生の桐原道子から彼女の婚約者瓜生が撮った活動写真に誘われる。映写が終わった時、瓜生家の家庭教師が部屋の片隅で亡くなっていた。時代背景というか、この時代を生きる上流階級の人々の意識が密接に関係している。 物語の大半に登場している主人公は英子であって、ベッキーさんはあくまで運転手として登場するに過ぎません。しかし、要所要所で陰となって英子をサポートする役割を担うベッキーさんの姿は、控えめながら読む者に強烈な印象を残します。 本書は文藝春秋の本格ミステリ・マスターズの1冊として刊行されたものですが、どちらかというとミステリ風味は薄くなっています。そのためか、逆に物語としての完成度は高く、当時の世相・風俗などがうまく写し出され、作者の巧みな技術がうかがえる気がします。 いずれ続編が出されるのでしょうが、期待し続けたいシリーズです。収録作:「虚栄の市」「銀座八丁」「街の灯」