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カテゴリ:人生
仕事が終わり、更衣室で着替えをしてたら同じ時間に終わる女性と一緒になった。
彼女、4月頃から腰やひざが痛くなって・・・と言う。 私は早速かいつまんでヘル○トロンの話をしましたよ。 彼女“エエ~ッ!そんなところがあるの?”と場所を詳しく聞いてきた。 今まで職員や園児のお母さん、血流の悪さが原因と思われる人、何人に教えてあげたかわからない。 でも一人として行った人はいないと思う。 時間の余裕がない、遠い、それほどの重い症状とは思ってない、なんか怪しい・・・いろいろあるでしょう。 でも今日の彼女、すごくのり気で私も教えた甲斐がありましたよ。 人は自分の知らないことは否定するか受け入れるか、疑っても受け入れてみる、ということになると思うんです・・・ 私はとりあえず受け入れる側ですけど。 過去の偉人は言ってますね “人間が互いにもっと単純に交わる気になったら、この世はずっと住みやすくなるだろう!偽りの遠慮などせず、だがまた、人の言葉のうらに好意や親愛以外の意味を読んだりしないように!ところが、実はそうではなくて、ひとの親切そうな言葉も、タレーラン(ナポレオンの頃の老獪な外相)が考えたように、「本心をかくすため」にすぎぬ、などと、不当にも思いがちである。 決してそう考えてはならない。むしろ、無邪気な子供のように、まず初めに、ひとの言葉には必ずつねにその善意と誠実とを、自明のものと仮定してかかるがよい。のちになって、そうでないことがわかろうとも、その方がやはり、あなたにとって都合よくいくのである。” そんな言葉を目の当たりにすると、正直者がバカを見る、なんてことは低俗に感じます。 明らかに偽善者とわかる人間に対してはそれなりの対応はあります。 しかし、周囲の大多数の善人にそんな疑いは無用ですよ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.05.18 22:56:25
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