日本初のシェールオイル採取--現地ルポ
東洋経済オンライン 10月10日(水)12時4分配信
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シェールオイルの採掘風景 |
石油・天然ガス開発専業大手の石油資源開発(政府が全株式の34%保有)は10月3日、秋田県の鮎川油ガス田で実施しているシェールオイルの実証試験で、地下1800メートルにあるシェール層からの石油採取に成功した。シェールオイルの採取は国内で初めて。米国ではすでにシェールガス、シェールオイルの本格的商業生産が進み、「シェール革命」とも呼ばれる経済効果を生みつつあるが、果たして日本でも商業生産が可能になるのか。採取現場を取材した。
シェールオイル採掘の現場
■鳥海山を望む高原地帯、脈打つように石油が
秋田空港から車で南へ1時間余り。名峰・鳥海山を望む由利本荘市内の高原地帯の道から、細い砂利道に入って1キロぐらい行った先にその現場はあった。入口には「鮎川A基地 石油資源開発株式会社 秋田鉱業所・由利原鉱場」と書いた看板が立っている。林が切り開かれたような敷地は100メートル四方ほどの広さか。たくさんのコンテナやタンクと共に一基の大型クレーンが視界に入る。
油井に近づくと、蛇口のようなパイプの先から確かに茶色く濁った液体が、脈打つように勢いよく吐き出されていた。周囲では作業員数人が見守っている。この液体の中に混じっているのが、日本初の掘り出し採取に成功したシェールオイルだ。
現地取材を行ったのは初採取翌日の10月4日(木)だったが、地元紙を含め数人の記者やカメラマンが取材を行っていた。また、山奥の非常にわかりにくい場所にもかかわらず、「日本初と聞き、是非見てみたいと思った」という主婦2人が秋田市内から車で見学に来ていた。「地元でそんなものが出るなんて」とやや興奮気味に話す。地元紙の秋田魁新報はその日の朝刊1面トップ記事で「由利本荘市鮎川油ガス田 シェールオイル国内初採取成功」と、写真入りで大々的に報じていた。
シェールオイルとは、頁岩(けつがん、英語でシェール)と呼ばれる細粒な泥質岩に含まれる石油。同じ頁岩層にある天然は「シェールガス」と言う。シェールオイルやシェールガスは、埋蔵量は豊富だが、在来型の石油や天然ガスのように地層の間に貯留しているわけではなく、固い岩石の中に閉じ込められた形で存在するため、パイプで掘削しても自噴しない。そのため技術面、採算面で採掘が難しいとされてきた。
しかし近年、水平坑井掘削・水圧破砕といった採掘技術が米国主導で進み、原油価格上昇でコスト面でも採算が合う状況になってきたため、埋蔵量の豊富な米国(国内年間消費量の約100年分とも)では生産が本格化、米国内の天然ガス価格が日欧に比べ大幅に下がり(日本の約6分の1)、産業競争力向上の期待が高まるなど、「シェール革命」とも呼ばれるブームに沸いている(国際エネルギー機関では、シェール層の岩石を採鉱後に人工的に加熱・分解処理(乾留)したものをシェールオイルと呼び、地下のシェール層で石油として存在しているものは「タイトオイル」と呼んで区別している)。
日本は比較的地層が新しいためシェールオイルやシェールガスの埋蔵量が少なく、採算的に採掘対象となる油ガス田に乏しいと見られてきた。ただ石油資源開発では、秋田県の「女川(おんながわ)層」と呼ばれるシェール層が、米国で大規模なシェールオイルの開発が進んでいるカリフォルニア州のモントレー層と似ていることに着目、モントレー層の開発で使われている技術を女川層で試すことになった。
同社は2012年3月から、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の支援を受けて調査研究に着手、12年度は鮎川油ガス田などの既存坑井を対象とした坑井刺激(酸処理テスト)の結果解析と総合評価、さらに秋田県全域における女川層のポテンシャル評価を主目的に実証試験を行っている。
今回、シェールオイル採取に成功したのは、その酸処理テストによるものだ。固いシェールには自然の割れ目が発達していることがあるが、その割れ目が鉱物などで目詰まりしていれば、油の流れは阻害される。そこで酸でその鉱物を溶かすと同時に、割れ目自体を少し拡大し、どのくらい油の流れやすさが変わるかを調べる。使用する酸は塩酸がベースで、少量のフッ素を混ぜる。戻ってくる反応済みの酸は産廃処理を行う。酸処理は在来型の油ガス田では、生産性を改善する手法としてすでに広く用いられている手法だ。
10月1日午前11時50分、鮎川油ガス田の地下1800メートルの女川層に垂直にパイプを下ろし、酸処理した流体のポンプ注入を開始した。翌2日午前9時40分に液体の注入を終了。同日正午から注入した液体の排出作業を開始。細いチューブを通して窒素ガスを坑内へ送ることで、液体を噴き上げるようにして排出する。そして3日午前6時30分ごろ、地上に回収した液体中に少量の石油(シェールオイル)の混入を確認した。
注入した液体総量141.6キロリットルのうち、4日午前7時現在に回収した液体量は52.1キロリットル。回収した液体に含まれた石油の量は6.9キロリットルだった。つまり、地上で勢いよく出ていた液体のすべてが石油ではなく、実際は塩酸水に1割強ほど石油が混じっているにすぎない。その後も地下に残る液体の回収が8日午前8時まで続けられたが、今のところ回収した原油の総量などは公表されていない(9日時点)。
■商業生産は最速で再来年度から。断念の可能性も
今後の焦点は、本格的な商業ベースの生産にたどり着けるかどうかだ。
採掘現場で作業していた石油資源開発秋田鉱業所の山岸裕幸技術部長は、「今回、油を見たことは成果だが、これからきちんと評価していく必要がある。最終的に商業生産できれば本当の成功と言えるが、今のところ未知数が多く何とも言えない。ただ、実証試験を通じて、技術的な知見はだいぶ積み重ねられていると思う」と話す。
少量とはいえ石油が出ることは出たことで、今後は評価作業に入る。このシェールオイルが実際に使えるのか、使えないのかを見極めるわけで、その際のキーポイントになるのが採掘可能量や生産性の問題。採掘のための設備を作ってコストをかけても経済的に見合うかどうかだ。
今回の酸処理テストの評価結果は来年1月までにまとめ、評価がよければ、2013年度から第2ステップの実証試験へ進む。今度は鮎川油ガス田内で新たに井戸を掘り、シェールオイルを効率的に採取する水平坑井掘削技術、水圧破砕技術を試す。シェール層で水平方向に掘り進んだ井戸から地層の割れ目に水圧をかけて石油を取り出す技術で、通常の油田開発よりもコストがかかる。同社が秋田県に持つ由利原油ガス田や申川油田でも同様の試験を行う意向だ。
「実証試験と評価作業は2年以上かかる可能性も高い。評価がよく、商業生産へ行けるとなったとしても、最速で再来年度からだろう」(山岸氏)。当然、評価によって採掘断念となるリスクもある。
同社では現状、今回試験した鮎川油ガス田のシェールオイルの埋蔵量を約500万バレル(約80万キロリットル)程度と推定している。これは11年度に日本国内で生産された石油の総量(約82万キロリットル)とほぼ同じ。国内の石油消費量の1日強分にとどまる。鮎川油ガス田を含む秋田県全体のシェールオイルの埋蔵量は約1億バレルに上るとの専門家推定もあるが、これでも国内石油消費量の約20日分にすぎない。
とはいえ、資源小国で石油の自給率も0.4%にとどまる日本にとり、新たな資源開発の可能性が広がったことは画期的な前進とも言える。秋田県外、他社鉱区における開発の呼び水にもなりうる。日本近海の海底には、国内の天然ガス消費量の約100年分に相当する新型天然ガス「メタンハイドレート」が埋蔵されているとの推計もあり、JOGMECと石油資源開発が今年2月から愛知県沖において世界初となる海洋産出試験に着手している。
また、秋田から島根の日本海沿岸10府県は10月3日、メタンハイドレートの日本海側での開発を求める要望書を経済産業省資源エネルギー庁に提出している。新エネルギーへの国民的関心が高まれば、こうした資源開発やパイプラインなどインフラ整備に弾みがつくかもしれない。
一方で、資源開発には環境に与える影響への配慮が欠かせない。シェールオイル採掘でも、生産性を上げるために用いる塩酸など化学物質が地下水汚染の原因ともなり、万全の産廃処理が絶対条件となる。シェールガスを含めて商業生産が本格化している米国では、水圧破砕による小規模地震の発生もリスクとして指摘されている。
石油資源開発の山岸技術部長は、「フラクチャリング(水圧破砕法)になると、米国では(小規模地震など)よくない事例もあるが、仮に開発を進める場合でも、そういう心配がないように、既存のガイドラインなども参考にしながら万全を期して作業を進めていく。必要に応じて地元住民への説明も行っていく」と話す。
日本は今、東日本大震災による原子力発電所事故の影響により電力不足に直面し、代替燃料として輸入を拡大している天然ガスや石油の価格高騰により貿易赤字にも転落している。エネルギー戦略、エネルギー安全保障の重要なカギは「多様性」と言われるが、輸入化石燃料への依存度を一段と高めている日本はその多様性を低下させている。
代替資源としての再生可能エネルギーやシェールオイル、メタンハイドレートなど非在来型資源は本格的な開発に多大な時間とコストを要する。しかし、世界最先端の技術を磨いていくことで効率性を高めていければ、国内外での自前資源獲得への可能性は膨らむ。資源エネルギー危機に高い耐性を持つ国家体制づくりへ向け、官民挙げての積極的取り組みが求められている。
(中村 稔 =東洋経済オンライン)