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カテゴリ:それでも頑張って生きている
かなり長いこと日記を書いていなかった。 その間に何か劇的な出来事が起きたわけではないけれど ひどく気持ちが沈んだり、落ち込んで泣いてばかりいることがあった。 夫からは「前向きになれ」とか「いつまでも過去を引きずっていたらダメだ」と 自分でも分かっていることを散々言われ、 私のことを思って言ってくれていることも分かるけれど、 心のどこかで、私の気持ちなんて分かるわけないんだと 嫌なことを考えている自分がいた。
母が亡くなって、もうすぐ1年になる。 1周忌の法要も終わった。 時間が経てば癒えていく悲しみもあるけれど 時間が経てば経つほど、冷静になって振り返り その当時は見えなかったもの、見なかったもの、 考えもしなかったことに気付くことがある。
私は本当に母に大切にしてもらったと思う。 いつだって母は優しさでいっぱいだった。 愛情をいっぱい注いで育ててもらったと思う。 そんなふうにずっとずっと大切にしてもらってきたのに、 そのことに本当に気付いたのは母が亡くなった後だった。 なぜ、私はいつもこうなんだろう・・
私は娘として母の闘病中一番傍にいたのに 何も出来なかったし、何も考えていなかった。 いつも自分のことばかりだった。
母が薬の影響でどんどん自分のことが分からなくなって 暴れたり騒いだりしたとき、私は母を怒ってばかりいた。 だけど、あのとき、本当は母はどんな気持ちだったんだろう。 痛くてたまらなくて、死ぬことが怖くてたまらなくて 自分が自分でなくなっていくことが 怖くてたまらなかったんじゃないだろうか・・ そんな母の気持ちを私は考えていなかった。
母の病気を告知されたとき、 私や家族は1日でも長く母に生きていて欲しくて とてもつらい治療になることは分かっていたのに 入院して病気に立ち向かってくれと頼んだけれど、 結局はその1年後に母は亡くなってしまい、 その最後の1年のほとんどを病院で過ごし、 つらい治療をした。 あのとき、私や家族が母に生きていて欲しい、 治療して欲しいと頼んだことは 本当に正しかったのか・・ 自分たちの気持ちを母に押し付けてしまったのではないか・・ 母の気持ちを考えるより自分の気持ちばかりを 先に考えていたのではないか・・ あれで本当に良かったのか もしもあのとき、治療の道を選ばなかったら もしかしたら1年は生きていられなかったかもしれないけれど たとえ短い間だったとしても 残された時間は、もっと母が母らしく過ごせたのではないか・・ もっと違った時間を過ごせたのではないか・・ 母は本当はどう思っていたのだろう・・
こんなことを今さら考えても仕方ない。 母が喜ぶはずもない。 こんなことを思い返してどんなに後悔しても 母はもういないのだ。もうやり直すことなんて出来ないんだ。 ちゃんと分かっているんだ、そんなこと。
母のいない、その喪失感は大きくて 不器用で何をやってもダメな私は なかなか前に進めない。 進んだと思っていても 逆戻りしてしまうことすらある。
私がもっと出来た娘だったら 母が元気でいてくれたうちに もっと日頃から母に感謝して ちゃんと母のことを考えている娘だったなら 母にきちんを恩返しをする娘だったなら こんなふうに立ち止まって いつまでもグズグズ泣いていないんだろう・・ 苦しんでいる母にもっとちゃんと寄り添って 母の気持ちをもっと考えてあげられる娘だったなら・・
ごめんね、お母さん。
こういうことの乗り越え方が分からない。 夫の言う、前向きにということも思うようにいかない。 だけど、私は生きていて、 食べたり寝たり笑ったり怒ったりしながら ときには母を思っていっぱい泣きながらも毎日を生きている。 前を向いているかは分からないけれど・・
+++++++++++++++++++ 読んでくださった方、とても後ろ向きな暗い内容ですいません。 でもこのブログで少し自分の気持ちを吐き出して 少しは前に進めたかな。。と思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jan 25, 2013 10:21:03 PM
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