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このところ、ときおり、右人差し指のつめの部分に、感覚があったり、ここ1~2日は、夜、左足の親指の先に、感覚があったりしていました。ブログも更新できない日々で、気になっていましたが。。 昨日は、カラリとしたお天気の中、瑞浪へ、家族で、車で出かけました。午後遅めでした。知人に誘われて、夕方着いた、築百年以上の、懐かしい木の香りがするお家で、ご飯を食べた食卓の上のガラス瓶に、ねじり花が何本か、飾られていました。 「ねじり花ですね。」と言うと、「“もぢづり”とも言う」と、教えていただきました。ランの種類だそうですが、花の形がそうなのか?小さいせいか、そんな感じがしません。「もっと大きな花だといいのに」と、その人は言うのですが、(小さい方がいいですよ。)とは、私の心の中の声です。「もぢづり」という言葉から、「…しのぶもぢづり…」という言葉が浮かび、「百人一首に、あった歌ですね」という話になりましたが、その場では、歌の全部を思い出せませんでした。写真がうまく撮れずに、外に、咲いてるとの話だったので、探しに行きました。 久しぶりに、広々とした大きな空を見ました。お山は、屏風山だそうです。田んぼのあぜ道の近くの傾斜のあるところに、ねじり花は、何本か咲いていました。夕暮れ時でした。最近も、ソラからの伝言で、ねじり花の話が出ていて、何人かの方の応援ブログさんでも、写真をみかけたことがありましたが、自分で見たことはなかったので、見たいなあと思っていたのでした。見せてくれたのですね。「ありがとう」です。 夜9時ころに、車で、源氏蛍を見に行きました。家族の誰も、自然の中で、蛍がいるところを見たことがなかったのです。近くにも、ヒメボタルがいるところがあるそうなのですが、なかなか、行けないまま、季節を過ぎてしまっていました。源氏蛍は、ゆっくり、ふわ~っと、高いところにまで飛んで、ふ~っと明かりがついたり、また、ふ~っと明かりが消えたり、ゆったり、静かなんですね。。帰りは、満月の山道で、標識もあまりないので、少し迷ってしまいましたが、無事、その日のうちに、帰り着くことができました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ ソラからの伝言から、かかわりのあるところを紹介します。 ソラ生物辞典では、 「蛍は、ソラのものたちに意識を向けるようにつくられた」、と、言っています。 無数の小さな名のない星たちをあらわすそうです。 ねじり花は、ソラ生物辞典によれば、 「ソラのものが、地球にエネルギーを送る時、ドリルのようにらせん状に送ると届きやすいという事を花の形であらわした」そうです。 百人一首より 「みちのくの しのぶもぢづり たれ故に 乱れそめにし われならなくに」 ソラからの伝言では、百人一首は、風景や色恋の歌と思われていますが、その中に、隠された意味のある歌があるといいます。このもぢづりの出てくる歌は、どちらか、わかりませんが。 2007年2月19日(月)のお知らせより 「過去になぜカルタ (百人一首) をはじめようとしたのか? それは皆に思いがけない内容が含まれていることを知らせるためです」 (書くとサインがなくなる) 「それはイシカミの無念を伝えるためです」寝る。 (昨日百人一首を読んでいた) 2005年8月24日(水)のお知らせより 【百人一首】 百人で作られたのでなく、菅原道真と柿の本人麿と小野の小町の3人で作られた和歌は、滅ぼされたヤマタイコクや倭の国の事が隠されて読まれたと伝えられました。 隠された意味がわかれば殺される、すなわち首を覚悟で読まれたということから一首と名づけられました。 その為に3人とも非業の最期を遂げ、有名歌人でありながら人麻呂も小町も権力者にとって都合が悪いので記録が残されず、謎の人となっているのです。 人麻呂と小町のことは何回かに分けて知らされてきました。 (ソラの検索参照) 権力者の名前を和歌の作者の名前とすること、風流な内容と思わせることで今まで残されてきました。 単なる色恋歌だけなら千数百年も歌い続けられません。 意味は半分チャネリングで後は一文字のカタカナの意味などでなぞ解きをするようでなかなかわかりませんが、あっていると最後に「そうです」と言葉になります。 カタカナの意味 http://sora.ishikami.jp/jiten/index.php?id=20010614220031 ・・・・・・・・・・・・・・・・ まだまだ、百人一首には、隠された意味があるのでしょうか。。。 毎日のできごとの中にも、私たちを育んでくれているイシカミや、地球を応援するソラのものたちのメッセージがあって、私たちが気づくのを待っているのでしょうか。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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July 1, 2007 03:20:31 PM
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