ウクライナの栄光は滅びず
自由も然り
ブログ短編小説『ウクライナ・シールド突撃部隊』
建物の全体が崩落し、わずかに躯体の骨格が残っていた。一階のエントランスから見える街並みは、完璧に廃墟だった。
「分隊長。“荷物”はいつ届きます?」まだ20歳に満たないウクライナ兵が、俺に聞いてきた。
「夜中だ」俺はそう答え腕時計を見た。6時間後か――
幸いなことにロシア・ワグナーの囚人兵の突撃は、陽が地平線の彼方に隠れ、敵の砲撃が止むと同時に闇に消えている。
もう一つ幸いなことに、陽が暮れると天空は厚い雲に覆われていった。運があるぞ!
「皆に伝えてくれ。“荷物”が届くまで冷たいディナーを摂り仮眠せよ。俺が敵を監視している」暗視ゴーグルを着けて、俺はインカムで命じた。
俺の分隊は、外国人義勇兵と、この分隊に志願したウクライナ兵の半々で構成されている。俺を含め6人である。激戦地バフムト市街戦のための特殊攻撃分隊である。と言っても、昨日、俺の分隊はこの廃墟と化した街区に来たばかりだ。敵は明らかに中隊規模のワグナー囚人部隊である。だが、瓦礫が埋める街路のところどころに敵の死体が見えている。敵の損耗はかなりのようだ。
三角形に崩壊しているエントランスから、時々、俺は暗視ゴーグルで街区の廃墟群に目をやっていた。敵の姿は見えない。俺の分隊と同じく、飯を食って休んでいるのだろう。
夜半過ぎだった。インカムに連絡が入った。
「あと5分でそこに着く。エントランスに車を寄せる」戦闘装甲輸送車の隊長からだった。彼も外国人義勇兵で、英国人である。つまり、この分隊の言語は英語である。この分隊に志願したウクライナ兵たちは、片言の英語ができる。俺もそうだが。
「了解。エントランスで待機している」俺は答えた。インカムの周波数は、輸送車と分隊だけが使っているから、敵に知れることはない。
「全員、俺のところに来い。輸送車が、間もなく到着する」俺がインカムに告げると、
「了解」と部下たちから返事があった。
ほどなくジーゼル音を立て、3台の装甲輸送車が列をつくってやって来た。夜陰に装甲輸送車が立てる音が、目を覚ます轟音となって近づいた。
俺と5人は、崩れた窓から暗視ゴーグルで見張り、ライフル銃を構えた。
最前列の装甲輸送車の機銃が吠えた。
「前方100mの建物に敵がうようよ見えるぞ! GO!」装甲輸送車の隊長がインカムに命じた。3台の装甲輸送車から“荷物”を盾にして外国人義勇兵たちがエントランスに走って来た。その刹那、敵の銃撃音が轟いた。エントランスのコンクリート壁をバシバシとえぐる。
「全員反撃せよ!」俺は怒鳴った。敵は全員ではないが、暗視ゴーグルで見て撃っているのだ。だが、装甲車の機関砲、機関銃が敵を圧倒し、“荷物”が盾になって、増員の兵士たちが無事にエントランス内に入って来た。
「こちらは戻る。栄光あれ!」装甲輸送車の隊長がインカムで告げた。
「栄光あれ!」俺は短く答えた。
装甲輸送車が後ずさりしながら、去って行った。それと機を同じくして、敵からの銃撃が止んだ。再び寂とした暗夜となった。
装甲輸送車から新たに6人の特殊攻撃兵士が加わり、俺の指揮下に入った。皆がハグをして合流したのだ。
俺は全員に言った。
「早朝から敵はイナゴの群れとなって襲ってくる。接近戦だから敵の砲撃はない。味方の援護砲撃もだが。この特殊攻撃分隊は、100m前方の敵を駆逐する。左右から突撃だ。突撃と言っても、この特製の防弾シールド(防弾盾)6個が俺たちを守るはずだ。待ちに待った“荷物”だ」
機関銃弾、ライフル銃弾をも通さない防弾シールドである。先頭の突撃兵士ら6人が防弾シールドを盾にし、防弾覗き窓(特殊ガラス)の中央部から突撃ライフル銃を狙い撃ちしつつ、敵の攻撃を潰していくことになる。俺が思いつき、作らせた。上半身の中央部を守る防弾ベストだけでは、頼りない。身をかがめて全身を敵弾から防御する防弾シールド(盾)、それもライフル銃弾、機関銃弾を通さない防弾シールドである。防弾ガラスの銃眼は、銃身が出せるほどの小さな円形だ。防弾シールドから両肩に担ぐ金具がついている。靴部を除いて全身を防御できる。手榴弾の爆裂にも耐えられるのだ。
俺は命じた。
「早朝0500に100m前方の敵を殲滅する。2時間後だ。俺たちに栄光あれ!」
全員が答えた。
「俺たちに栄光あれ!」
(了)