ウクライナの栄光は滅びず
自由も然り
ブログ短編小説『ウクライナ・シールド突撃部隊』塹壕戦
この日俺は、ザポリージャ州の南にある外国人義勇兵部隊の前線司令部にいた。ここの前線は、侵略しているロシア軍が塹壕防御線を巡らし、いわゆる膠着状況にある。
間もなく始まるであろうウクライナ軍の反転攻勢は、このザポリージャ州あたりからアゾフ海に向けたロシア軍占領地の「分断作戦」とも言われている。この噂は、俺も知ってはいるが、情報戦の虚々実々の域の話だ。
俺が朝食を終え珈琲を啜っていると、外国人義勇部隊の英国人中隊長が傍に来た。
「分隊長。君の注文の品が届いたよ」
俺は飲みかけのマグカップをテーブルに置き、食堂から出た。200mほど離れたところにある装備品倉庫に行った。
立哨のウクライナ兵が、俺に英語で言った。
「注文品は、倉庫内の入り口傍にあります。分隊長殿」
ウクライナ兵が倉庫のスチール製大型引き戸を開けると、
「これです。分隊長殿」彼が手で示した。
俺が注文した装備は、塹壕戦用に考案したものである。俺が6カ月前、外国人志願兵としてウクライナ外国人義勇兵部隊に参加する前に自費で注文していた。市街戦もそうだが、塹壕戦も敵味方の損耗が際立っているからだ。ロシア兵の損耗率は高いが、ウクライナ側の死傷者を極力少なくしなくちゃいけない。
考案した点はこうだ。
特製防弾シールド(盾)を塹壕幅に近くし、シールド(盾)の左方下部の防弾ガラスに「10cm大の穴」をくり抜いている。その穴から、後ろの兵士が「地雷探知機」の柄を伸ばし、前方1m先に「地雷探知機」の探知部分を地面に当てることができる。この実験は首尾よく済んでいる。つまり、特製防弾シールドと「地雷探知機」を組み合わせただけでもあるが……
俺は他の注文品を開けた。地雷処理用の対爆アーマー(全身防御服)2着が入っていた。これも俺が考えたものだ。通常の対爆アーマーは、歩兵が着るものではないが、注文したものは頭部顔面の対爆ヘルメット・ゴーグルを外している。それでも重さは25kgと重い。だが、これで塹壕戦対応には充分であるはずだ。
俺はさっそく分隊の部下たちを集め、使用方法を説明した。全員が頷いて、期待の表情を見せてくれた。
「明日、ここの最前線にあるロシア軍の塹壕を攻める。最前列の敵の長さ200mの塹壕を」俺が皆に告げた。このことは既に中隊長の承認をもらっていた。
「分隊長。喜んで了解しました」軍曹役の英国人義勇兵が言った。皆も頷いた。
「ブリーフィングは1800に行う。鱈腹(たらふく)ディナーを摂っておいてくれ」
「了解」
翌日深夜、俺たちの分隊は武装兵員輸送装甲車2台に分乗し、ザポリージャ州南のウクライナ軍塹壕防御指令所に着いた。出発時、俺にウクライナ・ドローン偵察の報告があった。
――攻撃目標のロシア兵は50数名。ロシア軍の戦車はいない。旧式のRPG(対戦車ロケット砲)は数丁。機関銃も同様。ロシア兵は海軍の歩兵か。精鋭だが。goodluck。
俺たち分隊は12人となっていたが、May1とMay2に分かれ、200mほどのロシア軍の塹壕の中央部から侵入し、左右に塹壕内を攻撃する作戦である。
いつもの最後部にいる狙撃兵(スナイパー)から、俺のインカムに小さな声の連絡があった。
「現在地点(敵の塹壕から150m手前)で確認しました。案の定、中央部の敵監視兵は5、60mの隙間を開けています。分隊長。攻撃命令で両翼の敵監視兵を撃ちます」
「了解した」俺はそう短く答えて、夜空を見上げた。厚い雲が覆っている。
俺は分隊兵にインカムで伝えた。
「0100に、ここから300m先の敵塹壕の手前150mに行く」
「了解。準備はできています。分隊長」
暗視ゴーグルをつけた俺たち分隊は、広大な小麦畑の中を縦列をつくって進んで行った。俺と部下が特製の防弾シールドを構えている。防御態勢に入った敵のロシア兵は必ずと言ってもいいが、塹壕の手前100m以内に地雷をばら撒いているはずだ。俺と部下は、腰を低くしゆっくりと前進した。同時に後ろの部下は防弾シールド下部から「地雷探知機」の探知装置で1m先の大地を探っている。分隊の偵察を兼ねた狙撃兵がいるところまでは、安全だと分かっていたが。実施訓練も兼ねてのことだ。
スマホの位置情報を頼りに、俺たちは狙撃兵が待機している地点に着いた。皆、無言である。カモフラージュした狙撃兵が手を掲げた。そこで俺たちは歩を止めた。俺は手で10分間休む、と合図した。
俺は心の内で言い聞かせた。
<敵の塹壕まで地雷を踏むな>
休憩後、俺は手で合図した――GO! GO!
俺は先頭に立ってゆっくりと前進した。後ろの兵士が地雷を探っていく。10m前進した時だった。円形の地雷探知装置が小麦の中で、赤く点滅した。後ろの兵士の手が俺の防弾ベストの帯を強く引いた。そして彼は、地雷1m傍に白い小旗を地面に刺した。この印は、後続の暗視ゴーグルで見えるはずだ。そう打合せ済みでもあった。
俺たちは地雷を見つけつつ、前進して行く。地雷を6個見つけた時、俺たちは敵塹壕の手前10mに迫った。その時、いきなり敵の照明弾が3発打ち上げられた。俺たちは全員、その場に伏せ防弾シールドの下に隠れた。照明弾が空から舞い降り、暗夜になった。
俺は手で合図した。
<前進する>
さらに腰をかがめて俺は歩を進めた。後ろの兵士は地雷を探した。敵の塹壕まで、あと2m。
俺は一呼吸を入れ、手で合図した。
<攻撃開始>
後ろからタイ地雷用防弾シールドを構えたMay2の先頭兵士2人が、俺の後ろに来た。俺は手で合図を送った。
<行くぞ! 俺たちは塹壕の左だ。右を頼む>
May2の先頭兵士が、親指を立てた。OK。
ライフル銃のトリガーに人差し指を固定させ、俺は敵の塹壕を覗いた。塹壕内の左方10mほどにロシア兵が壁に背をもたれているのが見えた。と同時に、俺は防弾シールドを盾にして塹壕内に滑りながら、前方のロシア兵を撃った。敵は倒れた。後ろから部下が地雷探知機を持って俺に続いた。May2の分隊も次々と塹壕に入って来た。
俺は彼らに手で合図した。
<右方を頼む>
<任せてくれ>May2の先頭兵が手で返事した。
ここの塹壕は、10数mごとに「く」の字形の連続である。数カ所が「T」字形となっている。これは防御用の塹壕の定番でる。敵兵は「く」・「T]字の曲がったところで、俺たちを待ち構えているのだ。
ロシア兵が地雷を仕掛けているところは、彼らがいる場所でなく、彼らがいた場所――仲間が撃たれ倒れている場所か、空となった簡易待機場所――のはずだ。
先頭の俺は部下とともに一歩一歩、前進した。前方が「く」の字となっているようだ。その時、「く」のから自動小銃だけが見え、撃ってきた。防弾シールドにバシバシと当たった。それでも盾を進めて行く。暗視ゴーグルに小さな黒い物が、ちらっと見えた。敵の手榴弾だ!
防弾シールドに当たり、足元に落ちた。その瞬時、俺は防弾シールドの下部を思いっきり軍靴で蹴とばした。手榴弾が前方に飛んだ。前方で爆発。
と同時に、俺は急いだ。「く」の字へ。数秒で「く」の字の前方に出て、連射した。弾倉が空になるまで。暗視ゴーグルには白煙だけが見えている。突撃銃に弾倉を差し込んで、俺はその中、前進した。俺に靴が柔らかい地面を踏んだ。確認するまでもなく、倒れたロシア兵の腹部と思った。白煙が消えると、前方に逃げていく敵兵の背中が見えた。ゆっくりと歩を進めながら連射した。列になっている敵の背中が、次々と暗視ゴーグルで捉える。そして敵が斃れていく。俺の後ろについている部下とは、一体と化して上手くいっている。
前方の暗夜から、ズンズンと味方の狙撃兵の銃撃音が聞こえた。また、ズンズンと。
俺のインカムに声が入った。
「ロシア兵7名が塹壕から這い出しましたので倒しました。逃げ出しています。おっ、3名が見えます」
ズンズンズン!
「奴らを倒しました」
俺はインカムに言った。
「May2。状況は?」
「May2より。ロシア兵10名殲滅。被害は軽傷2人」
「May1。塹壕端まで攻撃して、撤退地点の中央部で合流する」
「May2より。了解です」
ズンズンズン。
「狙撃班より。左右で塹壕から敵が逃げ出しています。奴らを撃っています」
俺はロシア兵の被害者数を数えていた。こちらの塹壕内には、あと数人のようだ。奴らは地雷を仕掛ける余裕はない。俺は「く」の字を3度曲がって進んだ。敵はいなかった。
前方に天井部に丸太を屋根とした簡易待機場が見えた。敵の姿はないが、念のため手榴弾を投げ込んだ。ほどなく爆発して白煙が昇った。ここがこの塹壕部の端だった。
「May1より。塹壕の清掃を終えた。これから中央部に戻る」俺はインカムに告げた。
ズンズン。
「分隊長。逃げる奴らを倒した」狙撃班からだった。
また、ズンズンズンと狙撃音が聞こえた。
「May2より。こちらも塹壕を一掃しました。戻ります」
「May1。了解」
俺は急ぎ戻りながら考えた。ロシア兵は油断していたのだ。深夜に小麦畑の地雷原を侵入して来るとは思っていなかったからだろう。
俺の無線に中隊から連絡が入った。
「小麦畑の安全路を確保した。帰路の真ん中に幅30cmの白線テープを敷いた。敵の迫撃砲が撃たれるだろう。急ぎ撤退せよ」
「May1。May2。今合流した。これから戻る」
俺たち突撃分隊は、地雷原の中に敷かれた白線テープを縦列で戻って行った。ロシア軍の迫撃弾が、あの塹壕付近でドンドンドンと不規則に爆発していた。闇雲に撃っているのだ。
俺は今回の塹壕戦を戦闘評価していた。課題は、ロシア軍の敷設している地雷と、めくら撃ちする多連装・砲撃であると。防御態勢をとっているロシア軍に向け突撃するには、対地雷排除用の機械化部隊が先陣でなければならない。その後ろから戦車数台がが続き、突撃歩兵装甲輸送車が続くべきだ。それも一気呵成に怒涛の進軍である。二重三重の敵の防御塹壕を一点突破し、敵主要部地域に突撃をかけると良い。取り残されたロシア軍部隊は孤立し、組織的行動が出来なくなる。彼らには死か降伏しか選択の余地はない。そうウクライナ軍司令本部も検討中のはずだ。
ウクライナ軍の反転攻勢「May May」大作戦が開始されるのは、やはりザポリージャ州の南部前線からであろう。俺の脳裏にロシア侵略軍の敗北が見えている。侵略しているロシア軍の士気は、一部の凶暴な精鋭部隊を除けば、かなり低い。プーチンが飼い慣らした精鋭軍を駆逐すれば、ウクライナの領土奪還「May May 大作戦」は、間違いなく成功する。
「May May 大作戦」では、俺の分隊は市街戦に向いているようだ。降伏か死かを奴らに知らしめることが……ウクライナに栄光あれ!
(了)