706396 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

わたしのブログ

わたしのブログ

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2016.06.27
XML
カテゴリ:良寛
西照坊の「謂われ」を記した看板には
 江戸時代の安永年間(1772年~)、同地の総代である南波家が「妙喜尼」のために同坊を建立。
 出家した良寛は、出雲崎・光照寺(曹洞宗)での修行時代によく訪れていたという。
 良寛は各地を修行行脚し帰郷してから生家である出雲崎・橘屋の争いを聞き及び心配の余り、同坊に仮住まいして見守った。
 生家の没落後は、寄ることも無くなった。
 現在の建物は1979(昭和54)年に再建された。
と、記載されている。
また、同坊には次のような逸話が残されている。
良寛は床下に生えた竹の子の頭がつかえたので床に穴を開けたが、伸びて今度は天井につかえたため蝋燭で穴を開けようとして、庵を焼いてしまったという。

 撮影 2016年06月27日10時44分 1/100 F3.5 ISO125
    出雲崎町中山 西照坊
西照坊 2016.06.27



人気ブログランキングへ







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2016.06.27 21:33:32
コメント(0) | コメントを書く
[良寛] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.
X