その夜。
心臓が爆発しそうなほど胸をドキドキさせて、美鈴は咲夜の私室の前に立っていた。
メイド長の役職にある咲夜には、立派な一室が与えられている。
美鈴やほかの妖精メイドたちは、大部屋を与えられてそこで寝起きしていた。
美鈴は震える手を何とか制御し、こんこん、と扉をノックする。
「はい?」
「私です。美鈴です」
「どうぞ」
咲夜の返事を確認してから、美鈴はそっと扉を開けて部屋に入った。
「失礼します・・・」
もう美鈴が紅魔館に勤めてかなりたつが、咲夜の私室に入るのは、これが初めてだ。
部屋はそれほど広くない。
部屋の中は整然としていて、ベッドはきちんとベッドメイクされていたし、本棚には作者別に詩集や有名な文学集、それに料理本などが整理されて収められている。
たまに晩酌でもするのだろう、テーブルの上にはお嬢様たちが飲むウイスキーよりもワンランク下のウイスキーにウイスキーグラス。
ウイスキーの隣には使い込まれたチェスボードがあり、そのボードの上には有名チェスプレイヤーの実戦集が置かれていた。
カーテンは何の柄も描かれていない、無地の灰色。
女の子の私室、というよりは医者や軍人将校の当直室を、少し豪華にしたような感じの部屋だった。
咲夜はお風呂上りのようで、綺麗なプラチナブロンドの髪を湿らせて、少し頬を赤くしている。
今彼女はテーブルに備え付けてある椅子に腰掛け、なぜか風呂上りにもかかわらずメイド服のまま、何かノートに書き込んでいるようだった。
「あ・・・お仕事中でしたか」
恐縮しながら美鈴が言う。
「ええ。今日の収支を少しね」
「お風呂、入られたんですね」
そういう美鈴ももちろん、シャワーをちゃんと浴びてきて、身を清めてきている。
今から、肌を重ねあうのだから・・・。
「うん、まあね・・・」
「でもなんでまだ、作業服のままなんです・・・?」
美鈴の疑問も、もっともだった。
「まだお嬢様が起きていらっしゃるから。呼び出されたとき、パジャマでは失礼でしょう」
「・・・なるほど」
このプロ意識を信頼して、レミリアは人間である咲夜をメイド長として採りたてて、近くに置いているのだろう。
改めて美鈴は、咲夜のレミリアに対する忠誠心と仕事に対する意識の高さに、感服するよりなかった。
「さて・・・と」
必要な作業が終わったのだろう。
咲夜は書き込んでいたノートをパタン、と閉じると、美鈴のほうに顔を向けた。
「で。あなたはネコのほうなの?それともタチのほうで私を責めたいのかしら?」
「ぶっ!?」
あまりに直接的な咲夜の表現に、おもわず美鈴は噴出してしまった。
「いきなり直接的ですね・・・」
「遠慮したってすることは同じなんだから、それでいいでしょう」
「そりゃ、そうですけど・・・」
もっとこう、雰囲気とか・・・。
「で?どっちなの」
少し不満げな表情を浮かべた美鈴には頓着せず、せかすように咲夜が言う。
「私がタチのほうで・・・」
遠慮がちに美鈴がそう言うと。
「あら?いつも仕事で怒鳴られている腹いせに、かしら?」
冗談っぽくそういう咲夜に、美鈴はたいそうあわてて、
「えっ!?あっ!?違いますっ!そんなつもりは毛頭・・・!」
「はいはい、わかってるわ。冗談よ」
そんな美鈴を見て、クスクスと咲夜は笑う。
そしてすっ・・・とその白い手を美鈴のほうに差し出した。
「じゃあ、ベッドにエスコートしてもらえるかしら、美鈴」
「はいっ!」
美鈴はいつになく元気に返事すると、それこそ恋人に手を添えるように、咲夜の手をとるのだった。
定番のお姫様だっこで咲夜をベッドまでエスコートしてきた美鈴は、繊細なガラス細工でも扱うかのように彼女をベッドの上に座らせた。
「咲夜さん。キスいいですか・・・?」
そういう美鈴に、咲夜は苦笑いを浮かべる。
「いいわよ。今夜はあなたの好きにしてくれて」
「はい・・・では・・・」
美鈴は瞳を閉じると、そっと咲夜に薄いくちびるに自分のくちびるを重ね合わせる。
咲夜は、美鈴がこわごわと自分の舌に彼女の舌を絡ませてきているのがわかった。
咲夜も、美鈴の舌に自分の舌を絡ませてやる。
(・・・まるで男性からキスを受けているようだわ)
初めて自分より上からのキスを受けた咲夜は、そんな奇妙な感覚にとらわれた。
咲夜の身長は160センチ程度。
対して、美鈴は175センチほどはある。
いつも自分より身長が低いレミリアのキスを受けている咲夜は、少し違和感を覚えた。
ぴちゃぴちゃと淫靡な音をさせたキスをしながら、美鈴は咲夜の胸に手を伸ばしてきた。
そして、やさしくその胸を愛撫する。
「・・・んっ・・・」
そのやわらかい感覚に、咲夜は思わず甘い声を上げてしまう。
「・・・ぷぁっ。美鈴、脱ぎましょうか?」
いったんキスを中断し、咲夜は気を利かせていったつもりだったが。
「あっ、ダメです。メイド服の咲夜さんをかわいがりたいんですから。着替えは全部、私に任せてください」
と、美鈴はくちびるを尖らせるばかり。
「・・・ああ、そう」
今夜は好きにしていいといった手前、咲夜もそういうしかない。
まったく。
お嬢様といい美鈴といい、どうして妖怪はこの服のまま責めたがるのかしら。
エッチするときは一糸まとっていないのが一番いいと思うのだが。
妖怪って、面倒だわ。
レミリアとしか性的経験がない咲夜は、人間の男にもそういう性癖があるのを知らないのだった。
美鈴の性癖にあきれていると、彼女は咲夜の頬を両手で優しく包み込み、真正面からじっと見つめてくる。
「どうしたの?」
「咲夜さん・・・。咲夜さんってどうして、こんなに綺麗なの」
「・・・ありがと」
レミリアにも、よく言われる。
まぁ、私の顔立ちが彼女たちの好み、ということなのだろう。
そういや紫や幽々子、パチュリーにも『あなたの顔立ちはとても綺麗だ』といわれたことがある。
ちなみに霊夢や魔理沙からは言われたことがない。
私の顔立ちは、妖怪好みなのかしら?
「ああ・・・世界三大美女は楊貴妃・クレオパトラ・ヘレネ・十六夜咲夜の四大美女に変更すべきだわ。美しすぎます、咲夜さん」
「・・・いくらなんでも、それは誉めすぎじゃない?」
美鈴のあまりの美辞麗句に、さすがに咲夜もあきれた表情を隠しきれない。
「いいえ。万の言葉を費やしても、咲夜さんの美貌は語りきれません・・・」
うっとりとした表情で咲夜を見つめていた美鈴は、そんな台詞をはいて再び咲夜に口づけする。
(・・・もしこの子がオトコに生まれていたら、とんでもない女ったらしになっていたかもね・・・)
と、美鈴の濃厚なキスを受けながら、咲夜も褒められて悪い気はしていないのだった。