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カテゴリ:東方
「好きです、咲夜さん!」
「・・・」 紅魔館の裏庭に呼び出され、いきなり愛の告白を受けた紅魔館の瀟洒なメイド長の十六夜咲夜は、あっけにとられた表情を浮かべた。 「いや・・・いきなりそんなこといわれてもねぇ・・・」 「咲夜さんは、私のこと嫌いですか?」 「好きとか嫌いとかじゃなくて・・・まさかあなたがそんな風に私のこと思ってるだなんて、想像もしてなかったし・・・」 「ずっと胸のうちに秘めてたんですっ!紅魔館にお勤めして、咲夜さんに仕事を教わっている間に、咲夜さんのことしか考えられなくなったんです!私、咲夜さんのことが、大好きなんです!」 「う~ん・・・。気持ちはうれしいけど・・・」 仕事仲間であり、部下である紅美鈴の本気の告白と熱い視線を受けて、咲夜は困った顔でぽりぽりと緩やかに波打つプラチナブロンドをかくよりなかった。 紅美鈴は紅魔館が幻想郷入りしてから雇い入れた、妖精メイドたちを除いては、紅魔館組の中では一番の新顔である。 彼女はそれほど強力な妖怪ではなかったが、並の人間にはまず負けない程度の能力は備えていた。 こちらの言うことをすんなり聞き入れてくれて、主に刃向かうこともない美鈴は、門番としてはうってつけだったのである。 外の世界の門番なら武器を携え、門の前に立っているだけでも十分仕事をこなしていることになるが、幻想郷ではそうもいかない。 紅魔館の先輩として、咲夜はまず美鈴にスペルカードを使用した決闘のルールと、スペルカードを弾幕に具現化させる方法を教え込んだ。 最低限それができないと、幻想郷の、この紅魔館の門番を任せることはできない。 美鈴を雇い入れた当初、身体能力と格闘技術にはそこそこ見るべきものがあったが、彼女はスペルカードに関してはまったくの素人で、弾幕と呼べるようなものを具現化させるのに、相当な訓練が必要だった。 その特訓は、それはそれは厳しいものになった。 『何度言えばわかるの!そうじゃないでしょ!そんなの弾幕じゃないわ、ただ散らばってる弾ってだけじゃないの!』 『す・・・すみません・・・』 『あと一週間以内に弾幕らしいものが張れないなら、残念だけどあなたはクビね。ったく、妖怪のくせに一度も弾幕勝負をしたことがないだなんて・・・』 『恐縮です・・・』 『謝罪はいらないの。早く結果を見せて頂戴。さ、続きをやるわよ』 『はい!』 そんな感じで特訓は続き、なんとか美鈴は咲夜に『まぁ、いいでしょう。しっかり門番するのよ?』と認めてもらえるぐらいの弾幕は、張れるようになった。 そのほかにもお嬢様に対する礼儀作法から、人里に出て買い物するときの諸注意や来客があったときの対応、それに効率的な庭掃除の方法まで美鈴は咲夜に厳しく仕込まれた。 そのような感じで、美鈴にとって咲夜は頭のあがらない怖い存在であり、それと同時にとても仕事に厳しい先輩だった。 でも、咲夜も厳しいばかりではなかった。 紅魔館に勤めてしばらく経ったある日、美鈴は紅魔館の庭にある、朽ち果てたまま放っておかれている花壇を見つけた。 なかなかに立派な花壇で、ここに花が咲き乱れたらとても美しいに違いない。 花が好きで、そう思った美鈴は、もうすぐ仕事の時間にもかかわらず、人間の里のほうにある原っぱへ花を摘みに出かけてしまった。 相当数の花を摘んで紅魔館へ戻ってきたときはすでに仕事を開始する時間を過ぎていたし、仕事を放っておいて花壇の整備をしていたものだから、門番が門の前にいないということはすぐに咲夜の知るところとなった。 「美鈴!あなたはいったい、仕事をサボってなにをしているの!?」 聞きなれた怒鳴り声に、美鈴は驚きに身を震わせ、あわててそちらのほうに振り向いた。 「ひあっ!さ・・・咲夜さん」 「ひあっ、じゃないでしょ!?仕事もしないで、なにこんなところで油売ってるの?やる気がないなら、荷物まとめて出て行ってちょうだい」 厳しい視線を美鈴に向けて、きつい口調で咲夜は言う。 いい加減な気持ちで仕事をされては、こちらも困るのだ。 「あっ・・・いや、違うんです!咲夜さん、見てください!綺麗でしょう?」 美鈴は怒りで顔をしかめている咲夜の前から、さっと身を翻した。 咲夜の視線の先には・・・。 色とりどりの花が咲き乱れ、綺麗に整備されている花壇があった。 そして、泥だらけになってちょっと得意げな笑みを浮かべる美鈴。 「あなた・・・仕事サボってこんなことを・・・?」 そんな美鈴を見て、咲夜は怒るのを通り越して、あきれた表情を浮かべるしかなかった。 「あ・・・はい・・・すみません・・・」 その咲夜の表情を見て、美鈴の顔がこわばる。 やっぱり、余計なことだったかな・・・。 「・・・。あなた、お花が好きなの?」 「はいっ!」 「ふふっ・・・あはははははっ!」 なぜか咲夜は、快活な笑い声を上げた。 「そうなの。うん、確かに綺麗ね。きっとお嬢様もお喜びになると思うわ。仕事をサボったのはほめらたことじゃないけど、今回は許してあげる。でも、次就労時間内にやったら承知しないし、これからこの花壇の面倒は、あなたが見るのよ?」 「・・・はいっ!」 咲夜も、怖いばかりの鬼ではなかった。 自分のしたことを、ちょっとは認めてくれた。 この件があってから、すこしだけ咲夜を身近に感じることができた美鈴だった。 こんなこともあった。 紅魔館に勤めはじめて、最初の冬。 その日はとても寒く、びゅうびゅうと吹雪が付近を襲い、とても人間が外出できるような日ではなかった。 それでも、美鈴は門番としての勤めは果たさなくてはならない。 妖怪である彼女は、人間ほど暑さ寒さを感じなくてすむ体だったが、それでも0℃を下回る寒さは、さすがに堪える。 「寒いなぁ・・・」 がたがたと身を震わせながら、誰もやってくるはずのない門の前で、美鈴は立ち尽くしていた。 あ~あ・・・。 私、いったいなにやってるんだろ・・・。 確かにここにいれば食いっぱぐれはないけど、わがままなお嬢様に振り回され、厳しいメイド長に叱責され、うだるような暑さの中でも、凍えるような寒さの中でもこうやって立ちっぱなしで・・・。 大体、こうやって立ちすくんでいることが、どれだけ役に立っているのだろうか。 私、無駄なことしてるんじゃないかな・・・。 あの頃はよかったなあ・・・。 生活に何の心配もなく、のんびり暮らしていた幼少期。 ・・・。 過去を振り返っていても仕方ない。 妖怪としてはそれほど力のない私は、こういうことでもしないと食べていけないんだから・・・。 うっ・・・。 泣くもんか。 泣いたって誰も助けてくれないんだから・・・。 そう思い直し、美鈴はぎゅっと涙腺に力をこめた。 そうでもしないと、ぽろぽろと涙がこぼれてきそうだったから。 でも・・・寒いなぁ・・・。 寂しいなぁ・・・。 ・・・もう仕事、辞めたいなぁ・・・。 寒さと孤独感とむなしさで心が折れそうになったときだった。 「美鈴」 背後から、聞きなれた声がした。 「咲夜さん?」 美鈴が振り返ると、そこにはコートを着て、左手にティーカップ、右手にティーポットを持った咲夜が立っていた。 「お勤めご苦労様。あったかいの入れたから、飲みなさい」 そういうと咲夜は、湯気が立つ暖かい紅茶をティーポットからティーカップに注ぎ、それを美鈴に差し出した。 「・・・咲夜さん・・・ありがとうございます」 泣きそうになりながら、美鈴はそれをありがたく受け取る。 一も二もなく、彼女はそれに口をつけた。 凍りつきそうになっていた五臓六腑に、それはとても暖かく沁みていった。 「おなかはすいてない?お嬢様の残り物だけど、クッキーも持ってきたわ。食べる?」 「いただきます・・・」 咲夜が差し入れてくれたクッキーは、なぜか塩の味がした。 きっと咲夜さんが、塩と砂糖を間違えて入れたんだ・・・。 そのせいに決まってる。 「美鈴。慣れないと辛いこともあるだろうし、私はお世辞にもやさしい先輩じゃないわ。でも、私はもちろん、お嬢様もあなたを信頼しているし、頼りにもして門番を任せているの。あなたが門番をしてくれているから、お嬢様たちは安心して館の中で生活できるし、私たちメイドも炊事洗濯掃除に精が出せているわけ。だから美鈴、あなたには誇りと自信を持って、仕事をしてほしいと思っているの」 咲夜は泣きじゃくりながらクッキーをかじる美鈴を、そういいながらやさしく抱きしめてやる。 慣れない仕事で彼女がしんどい思いをしているのは、咲夜も知っていたのだ。 「はい・・・咲夜さん。私、がんばります。がんばって紅魔館の門番を、勤め上げます」 「うん、期待しているわよ。がんばってね」 咲夜は笑顔で美鈴の肩をポン、と叩いてやり、空になっていたティーカップにもういっぱい温かい紅茶を注いでやってから、館のほうへと消えていったのだった。 「・・・残念だけど美鈴。あなたの気持ちにこたえてあげることはできないわ。私はあくまで、お嬢様の従者なの。それを差し置いて、誰かの恋人になることはできないわ」 レミリアの従者である咲夜としては、そう返事するしかない。 「・・・そうですか・・・そうですよね・・・」 わかりきっていた返事だったが、美鈴はそれでも落胆の色を隠すことができなかった。 「あの・・・」 「なに?」 「ひとつだけ、お願いがあるんです」 「・・・なにかしら?」 美鈴は一瞬躊躇したが、勇気を振り絞って自分の希望を伝えることにした。 「一度だけでいいんです。咲夜さんのことを、じかに感じてみたいんです。それで、すべて忘れます。お願いです。一晩だけ、私と一緒に朝までいてくださいっ!」 「・・・あのねぇ・・・」 婉曲な言い回しだったが、もちろん咲夜には、美鈴の言いたいことがわかっている。 ある程度は予想していた彼女の言葉に、咲夜はあきれた声を上げるしかなかった。 美鈴の発言は人間の女の子同士なら、なに言ってるのよっ!とぶちきれてスペルカードを発動させていてもいいレベルの発言だったが・・・頻繁に咲夜に夜伽を要求するレミリアといい、美鈴といい、妖怪という類は自分が気に入ってしまえば、相手の性別はそれほど気にしないものらしい。 でも、だからといって、普段部下として接している美鈴と・・・。 しかし、愛着もある美鈴のすがるような視線に、根が優しい咲夜はそれを邪険にすることなどできなかった。 「わかったわ・・・」 咲夜はそういいながら、あきらめたようにため息をつく。 「私も、あなたのことが嫌いなわけじゃないし。それで納得できるなら、お嬢様に内緒で一晩だけ付き合ってあげる。今夜、私の部屋にこっそり来なさい」 咲夜の言葉に、ぱぁっ・・・と美鈴の表情が明るくなった。 「あ・・・ありがとうございますっ!」 「用件はそれだけ?用が済んだのなら、私は仕事に戻らせてもらうわよ。あなたも早く持ち場に戻りなさい」 咲夜はいつものように事務的にそういうと、何事もなかったかのようにさっさと館の中に戻ろうとする。 「はいっ!」 去っていく咲夜の後姿を見ながら、美鈴はいつも以上に気合の入った返事をし、スキップせんばかりの勢いで持ち場に戻ったのだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.04.09 19:52:58
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