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この作品はビジネス小説と言ってもいい話です。大学を卒業しても職に就けず、親に1年モラトリアムを延長してもらいながらパチンコ屋に入り浸る、いわゆる負け犬が主人公です。この人もまた、石田作品の骨をつかさどるアウトサイダーの一人です。
このアウトサイダーが、相場師と呼ぶのがふさわしいような個人投資家に見初められ、投資の世界に入り込んでいきます。魔術師というのはその個人投資家です。 魔術師は何の苦もなく人にできないことをやってみせます。しかし、その実現のために、魔術師がどれほど身を削るような修行を積み、しかも常にぎりぎりの線を安全側に寄って渡っているのです。それをステージの向かい側にいる観客は決して知ることはありません。また、知ってしまったら魔術師は魔術師でなくなってしまうのです。このタイトルは本当によく、この小説の中身を表しています。 石田衣良さんは、その魔術師が波の上を渡る投資の世界とその経過を、無理なく描写し、いつの間にか自分も投資界の荒波にもまれているのを感じさせてくれます。 これはサスペンスです。ネタばれしてはまずいので、内容についてはこれくらいにしておきましょう。でも、老いた相場師の動機について少しだけ。彼は大きな対象に対し、抜き難い憎悪を持っています。それは個人的なものというよりはもっと大きなところから来る憎悪です。きっかけは個人的なものでも、大義名分はその犯罪を悪としたくない気持ちにさせられてしまいます。 犯罪ものでは、多くの作家が加害者を仮想的とするため、悪の要素を強くしてしまいます。石田衣良さんのお話では、許せはしないけれども納得できる加害者の心の動きを伝えてくれます。すれすれの世界で、それでも汚水から穢れない花を拾い上げる石田さんの作品は、だから後味がいいのでしょう。 内容に類似性はまったくないのですが、スティーブン・キングの「刑務所のリタ・ヘイワース」と似た読後感でした。あちらもかなりの名作です。ぜひ読んでみてください。「ショーシャンクの空に」のタイトルで映画にもなりましたが、私は原作が好きなので見ませんでした。 個人的には保坂遥さんにはぜひ幸せになってもらいたいです。 刑務所のリタ・ヘイワースはこの中に入っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
January 22, 2006 04:08:10 PM
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