1 催眠術は誰でもできる
「催眠術をかけることができるのは、その人に特殊の能力が備わっているからでしょう」
と、ひとりで決めている人もありますが、それは誤った考えです。催眠術のことを書こうとするにあたり、私はまず「催眠術は誰でもできる」ということを明言し、これを強く主張します。
一般に催眠術を習得するのは容易ではないという考えを植えつけたのは、催眠術のできない自称催眠術家が、自分もわからないし、人にもわからないようなむずかしい理論を書いた本や、または自分が催眠術の技術が未熟な、あるいは全然できないのを隠すために、
「催眠術を会得するには、著書や講義録を読んだうえ、練習に練習をつみ、難行苦行を重ねて、ようやくかけることができるのだ」
と、もったいをつけていいふらしているからです。
このような、催眠術のできない催眠術家が主張する「難行苦行を重ね練習に練習を積め」という言葉に迷わされず、ここに書いてあるとおり「断じてかける」という固い信念を持って実行すれば、必ずかかるものです。
2 催眠術は練習する必要がない
催眠術のかけ方は、ここに書いてあるとおり理屈抜きで盲信し(あえて盲信といいます)、「だんじてかける」という固い信念を持って実行すれば、必ずかかるものです。しかるに
「まず練習してからかけてみよう」
などと思ってかけてみるようなことでは、必ず失敗します。かかるかどうか、かけてみようとすることは、すなわち練習することは、催眠術のかけ方を、術者自らが信用しないことであって、信用せずしてそれが相手に感応するはずがないのです」。
個々で「催眠術は練習する必要がない」ということは、術者が相手に対しかけ方を練習する必要がないという意であって、催眠術を研究するなという意味ではないのですから、念のために断っておきます。
なお、催眠術をかける場合、幼児や子供は擬似動作をしますから、初心者には不適当です。特に教師が生徒、学生などの教え子に対してかけることは、「必ず」といってよいほど擬似動作をしますから不適当で、すばらしくかかったと喜んでは失敗しますからご注意までに申し上げて起きます。
3 催眠術の原理
催眠術の原理はまだ確立されていません。ただ「条件反射」が原理の一要素であるとされているのに過ぎません。催眠術という名称もまだなかった大昔には、神仏の霊験であるかのように思われていたそうですが、時代が進むにつれて、動物電気説、動物磁気説、神経疲労説など、さまざまな学説があらわれ、20世紀の中ごろから心理学の一部であるとされていましたが、催眠術による透視や千里眼などが可能となったため、その心理学説も崩れ、現在は「超心理学的のものであろう」というきわめてあいまいなことになり、原理は宙に迷ってしまっているのです。しかし、現在でも、催眠術は心理学であるという50年も前に唱えらてていた誤った学説を固執している頑固な一部の人もあります。
催眠術の原理がわからなくても、催眠術をかけることはできます。それは文法を知らなくても話ができ、手紙が書けるのと同様でしょう。
[定義]催眠術の原理が確立されていない現状で、定義があるべきはずはないのですが、ただ現在の段階において、定義らしいものを下すとすれば、
「催眠術とは言葉の暗示を相手の脳に感応させる方法である」
ということになっております。言葉による暗示を自己または相手の脳に感応させるのであります。したがって言葉の暗示によらない方法、すなわち「物理的刺激」によって無理に強制的に施術する「凝視法」「回頭法」「脳貧血法」などの、有害危険を伴う方法は正しい催眠術とはいえないでしょう。
この「物理的刺激」によることは、自己催眠法を行う場合にも同様と言えます。
4 催眠術は眠るのではない
催眠術は「眠りを催す術」を書きますから、一般の人々の中には、催眠術は人を眠らせる術である、と思い違いをされる方もあります。このような名称なために、ある催眠術家の著書には
「催眠術にかかると、天に昇ったような、あるいは雲の上に浮かんでいるような、フワーとして心地よい心境になり、術者の声がさながら天女の声のように美しい音に聞こえる」
と書いてあるそうです。そのため、読者はいろいろと連想し、
「催眠術にかかるのは恐ろしい、自分が秘密にしていることや、思っていることを全部しゃべってしまうそうだから・・・・・・」
と、根も葉もないことを憶測し、不安にかられている人もいるらしいのですが、心配は断じて無用です。
「眠らないのになぜ催眠術というのか」
それは1478年ごろ、スイスのラフォンテールという人が催眠術をかけていたとき、それを見ていたイギリスのジェームス・ブレードという外科医が
「これは人為的に作った睡眠だ」
と独断し、これにHypnotismという名をつけたのだと伝えられています。(Hypno はギリシャ語で睡眠の意味)
「ブレード氏の説は誤りである、眠ったように見えるだけで睡眠ではないのだ」
と、ドイツの数人の学者が反対を唱えたのですが、ブレード氏の説を覆すことはできなかったのです。このように眠るのではないのに、眠るという不実の名をつけられて今日に至ったのです。このようにあいまいな名称がついてしまったため、催眠術のできない催眠術家や、催眠術を営業としている人の中には、自信がないために、大正時代に先輩が書いた本を焼きなおして発行したり、催眠術は神秘的な、または妖術的なのもであるとか、神通力を波及することができるなどと豪語し、世人を煙に巻いている現状でありますが催眠術は神秘でも神通力でも魔術、妖術でもなく、また眠るわけでもありません。