※自分で自分にかける催眠術 自己催眠法とは、自分で自分に催眠術をかける方法です。もっと詳しく言えば、普通の催眠術は施術者が被術者に催眠術をかけて、その被術者の精神を統一させる方法であります。すなわち、その被術者が希望している目的、たとえば病気をなおしたいと思えば、その病気治療の目的に向かって、その人の注意力を集中させて、効果をあらわそうとするのです。それと同じように、自己催眠法では施術者も被術者も同一人でありますから、自分で自分に催眠術をかけて精神を統一し、自分が希望している目的を遂行さすために行う方法です。 ※誰でも経験している自己催眠 自己催眠法は、自分以外の人にかける一般的な催眠術よりも簡単にできるかどうかは、そのかける目的と人とによって違いますから、ひとくちにきめることはできません。しかし、多くの人は、知らず知らずのうちに経験していることでしょう。たとえば、汽車や電車、バスなどに乗っていて、うつらうつらと眠りつつやがて深い眠りに入るときがありますが、自分が下車しようと思っている停車場とか停留所で、それがはじめて通る場所であっても、その下車すべき所に来ると、自然に目が覚めるものです。しかし、多量に酒を飲み、泥酔しているような場合は例外です。これは、その乗客は意識して自己催眠法を行ったわけではないのですが、「何々駅で下車するのだ」と思ったことが、そのまま自己暗示となって、無意識のうちの脳髄に感銘し、知らず知らずのうちに自己催眠が行われて、目が覚めるのだと解釈してよいでしょう。 また、これも多くの人たちが経験していることでしょうが、誰でも平常の生活では、朝起きる時刻―目の覚める時刻―は、その人の習慣でだいたい決まっているものです。ところが、何か用事があるために、いつもより二時間あるいは三時間速く起きる必要があるときは、 「明朝は何時に起きなければならない」 と思うだけで、その時刻に目が覚めるものです。これは、「明朝はいつもより早く起きなければならない」と、思ったことが、自己暗示となるのでしょう。 私が、ときどき行う実験によると、夜分床についたとき、今晩の三時に目を醒まそうとすれば、まず自分の心の中で時計の文字盤を想像し、(以下にも目の当たり時計を見ているようにはっきりと想像し)、その時計の針が三時をさしている形を、心中深く感銘させてから、就寝するのですが、もちろんこの場合は意識的に自己暗示となっているのであって、思い通りの時刻に必ずはっきりと目が覚めるものです。 長尾盛之助の自己催眠法 私(長尾盛之助)は、一般的催眠術の場合にも独特の「長尾式瞬間催眠法」を長年実施してきましたが、自己催眠の方式もまた一般催眠術家の説くものとはまったく違った方法を長年行ってきました。その方法は、他のどの方法よりもすぐれていて、やり方が最も簡単で、効果も確実にあげることができます。まず、その方法を説明して、つづいて私が推薦する自己催眠の方法を紹介することにします。 私が行う自己催眠法は、フランスのエミール・クエ氏が創案した自己催眠法にヒントを得て、私自身が考案した方法です。まず、クエ氏の自己催眠法から説明しましょう。 エミール・クエ氏は、19世紀の中ごろ、フランスのトロワイユで生まれ、文学と科学とを学び、さらに薬学を修めて薬剤師になった人で、はじめ催眠術を研究しましたが、やがて自己暗示に基づいて想像力に訴える療法を案出し、ナンシに治療所を設けた催眠術の大家でもありました。 長年にわたり薬剤の処方をしていた同氏は、たとえ少しも効果のない薬でも、患者が「この薬はよく効く」と信じるならば、立派に役立つことを発見し、ついに「クエ死期自己暗示法」と称する方法を創案したのです。 その方法は、紐を用いるのですが、出来上がりの長さがおよそ60センチメートルほどの紐に、適当な間隔で20個の結び目(こぶ)をつくり、それをちょうど仏前で数珠を操ってお題目の回数を勘定するように、 「私は、あらゆる点において毎日毎日ますます健康になります」 と、声を出して唱えながら、一回唱えるごとに紐の結び目を一つずつ手繰って20回で終わるのです。それは、毎夜眠りに入る前に、床の中で寝ているまま20回唱え、毎朝おきる前にも同じように20回唱えれば、効果も必ず多いと患者に教えていたということです。 この20回という数には、特別の意味があるわけではなく、10回では少な過ぎるように感じられるし、30回では多過ぎるようだから、20回ぐらいが手ごろだろうと思ってきめたのだそうです。紐に20の結び目をこしらえて、それを一回唱えるたびに繰れば一つ一つ数えなくても20回となるから、だから結び目をこしらえたということです。 クエ氏の自己暗示法を述べたついでに、つぎに、同氏の催眠術の様子についても述べておきましょう。 クエ氏の治療室には、毎日およそ40人ほどの患者が治療を受けに来ていました。その患者たちを自分の前に半円形にならばせて、クエ氏は、一通り病気の容態を聞いてから、一人ひとりに対して言語暗示による施術を行ったということですが、どんな難病患者、たとえば30年間も足が立たなかったいざりでも、即座に全治したと伝えられています。そのころ、クエ氏は歳を越えていたということです。 クエ氏の治療室には、患者が日に日に増加したため、乳幼児だけは助手の若い女性が担当することになりましたが、多くの弟子のうちでも、この二十歳になる女性は施術がもっとも巧妙で、生後数ヶ月しかたっていない乳児に対しての施術は、その幼児を抱いている親または乳母に施術すると、それが幼児に感応し、効果が顕著だったと伝えられています。 これは、クエ氏の一般的催眠術のやり方ですが、同氏の自己暗示法を述べるついでに、参考までに記載したのです。 私は、このクエ氏の自己暗示法によって、簡単な腹痛などがすぐになおることを実験し、大いに共鳴しましたが、これにヒントを得て、次のようの独特な方法を考案したのです。 ※自分の声を自分の耳に聞かせる 私は、自己催眠法を行う場合、クエ氏の20回唱えるのを圧縮して、ただの一回でよいときめました。そして、実験の結果、一回でじゅうぶん効果があることを確認したのです。 その方法は、目的とする暗示を自分で声を出して自分の耳に聞かせるのです。すると、その声が大脳中枢(無意識)に達し、大脳はその暗示に感銘してただちに暗示のとおり作用するのです。前にも述べたとおり、脳はからだ全体を支配するその最高司令部とでもいうべきところですから、人間のからだは、どのようなことでも脳の指令には無批判で完全に服従し、その指令どおりに動作するのです。
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