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2005年01月10日
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「どうもこんなとこまで御足労頂き、ありがとうございました。」
「どうもその節は、色々御迷惑をお掛けいたしました。」
そういって深々と頭を下げた初老の男の前には、まだ中年と言うには若くすらっとした体をしているが、対照的に頭は白髪が多く、しぐさも余り若々しくなく、疲れた風貌の男が、左手に花を持ち右手にタバコをはさんだままゆっくり歩いてきていた。身のこなしから役人のにおいがする。彼は「福袋殺人事件」の捜査本部にいた刑事である。
「吉田と申します。」
タバコをくわえて右手一本で器用に名刺入れを取り出し、その中から一枚自分の名刺を取り出すと、これもまた器用に元に戻し初老の男に差し出し慇懃に頭を下げた。初老の男はそれを両手で押し頂く。
「申し訳有りません、私は今名刺などが・・・」
「いや結構です、申し訳ございませんが調べさせていただいておりますので、事情は分かっておりますのでどうかお気を使わず。」
「ありがとうございます。」
「田中さんでよろしいですよね?」
「ええそうです。」
吉田という刑事は周りを見回し、少し離れたカフェを見つけて指を指した。
「どうですか、ここは寒いですからあちらでちょっとお茶でもいかがでしょう」
「ええ、そうですね。そういたしましょうか。」
「一応ちょっとその前に・・・」
彼はそう言うと持っていた花束を田中という男がいたすぐ後ろの階段の脇に置き、そこにかがみこんで合掌した。
「摩訶般若波羅蜜多心経。観自在菩薩。行深般若・・・」
彼がそうしてお経を上げているとき田中はその背中を見ながら、彼もまた合掌をしていた。吉田は読経を終えると、くわえていたタバコをその花のそばに置き一礼し立ち上がった。
「サア暖かいところに行きましょう。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
喫茶店の店内でコーヒーを頼み席に向かい合わせで彼らは座った。
「先ほどのお経は?」
「ああアレですか。高校の時に悪さばかりしていたんで覚えさせられましてね、こういう稼業では助かっています。仏さんにはこれが一番いいですからね。」
「はぁそうなんですか。本当のお坊様かと思いました。」
「イヤー意味は分かりませんから、形だけです」
「そうですか。」
ウェイターがブレンドを二つ置いていき砂糖、ミルクをいれてカチャカチャかき回すあいだ、一時静かになった。
「お体は、もうよろしいのですか?」
「ええ、もうすっかり大丈夫です。昨日から床も払い自分で少し家事をしています。」
「そうですか、それは良かった。」
彼はタバコを灰皿で消して、カップからコーヒーを少しすすった。
「あの・・・」
「それで・・・」
言葉がかち合ってしまった。
「どうぞ、そちらから」
吉田刑事がやんわりと促した。
「そ、それでは・・・あの、捜査本部のほうは・・・」
「あぁそれは昨日付けで解散しました。」
「そうだったんですか、昨日まで。それはそれはご迷惑をお掛けしました。」
「いえいえその節は御愁傷様でした。」
「いえサエさんの事で、御迷惑をお掛けして本当に・・・」
「そんな事は無いです。それにこれは仕事ですから、どうかお気になさらずにお願いいたします。」
「そうですか。ありがとうございます。それでそちらの御用は・・・」
大げさに伸びをしてあくびをかみ殺すと、吉田という刑事はボソッと話し出した。
「イヤー分からないもんです。人間というものは。」
「そうですね。」
「中松沙恵子サンでしたよね。」
「ええ、そうです。」
「毎年冬でも風邪一つひいたことがなく、丈夫だったそうですね。」
「そうでした。」
「つい先日婦人病検診をして、問題なかったようですし、申し訳ありませんが検死所見にも内臓は30台の若々しさだったそうです。」
「そう、だったんですか。」
「ご存知では?」
「いえ知らなかったです。」
「うらやましいですよね。私なんかだと肺の辺り、胃の辺り。足も手もそこらじゅうおかしくなっているのに。去年も追いかけて転んで足を折っているんですよ。もう年ですね。若いときのようには行かない。」
「そうですね。」
会話が少し途切れる。ざわついた店内で二人の座っている外に面したテーブルだけ少し静かになる。何か非常にアンバランスな空気が流れている。吉田刑事は外を見ながら煙草をゆっくりくゆらしている。風向きが変わり煙が田中のほうに流れていきそうになり、慌ててその煙を両手で散らしていると、田中はうつむいてコーヒーにも手をつけていない事に気が付いた。
「コーヒーは体にきつかったですか?」
「吉田さん。」
「何でしょう?」
うつむいたまま、声を絞り出す。
「私を疑ってらっしゃるのですか。」
「何を仰います、やだナァ。疑うも何も、捜査本部も解散したし、それのご報告ですよ。第一私も次の捜査にもう駆り出されますから。今しか仏さんの供養は出来ないんですよ。田中さんが元気になったと聞いたんでね。一緒にきていただいた次第ですよ。」
「そうですか。それはどうもすみません。」
「警察の人間は怖がられますからねぇ。」
頭を掻きながらハハハァと笑った。そのまま自分のコーヒーを飲み干して、どうぞどうぞと田中さんもコーヒーを勧める。
「私はまだサエさんが死んだことを、信じられないんです。」
「そうでしょうね。」
「刑事さん。本当に事故だったんですよね。」
「そうですよ、ご存知のとおりです。」
吉田刑事は内ポケットから分厚い封筒を取り出して彼の前に置いた。
「今回の件の報告書です。おうちに帰ってごらんになってください。中松沙恵子サンの事故報告書になります。保険会社にお渡しください。」
彼はそれをゆっくり手にしてしばらくボーっと見ていた。吉田は彼が泣いているのではないかと思った。はたして彼は泣いていた。呆けている顔の目から一筋、頬骨を迂回して鼻の横に涙が道を作っていた。
吉田はカップを持ってコーヒーと啜ろうとしたが、コーヒーは既に飲んでしまったあとだったが、その手を下に下ろせなかった。そのままじっと何も入っていないカップを見ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃあ私はここで。」
吉田は東急線の青葉台駅の改札の前まで見送りに来た田中にそう言った。田中は向き直り吉田刑事の顔を見上げるように見た。
「田中さん。」
「中松沙恵子はかわいそうだった。」
田中の顔が少し強張った。
「刑事さん・・・」
「貴方はその最後を見とれなかったかもしれないが、気にする事は無い。貴方には貴方の人生が有る。」
田中はじっと吉田の顔を見ている。
「でもね田中さん、何で彼女はあの福袋を欲しかったんでしょう。」
「それは・・・」
「彼女は資産は有った、あなたという優しい良い男もいた。車も有った、家も有った、何でも持っていた。」
「刑事さん、そ・・・」
「田中さん。」
田中はビクッと怯えたように吉田の顔を見た。吉田の両眼はじっと彼を凝視している。
「捜査は終わったんだ。」
「はい。」
「お元気で。」
吉田はそう言い残すと踵を返して自動改札機を抜けて向こうへと行った。呆然と田中は立ち竦んでいるみたいだった。吉田は振り返らずそのままホームの階段を上っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日、田中泰英(42)は青葉警察署にやってきて、中松沙恵子が死ぬ事を知っていたと言った。
中松紗恵子は心臓に病を抱えていた。それはあるきっかけで田中のみ知ることになった。
そのきっかけとは突然運動中に失神して病院に運ばれた事だった。田中が誘ったスポーツクラブでエアロビクスをしている途中だった。そして運ばれた病院で意外な病名を告げられる。
「QT延長症候群」通称、家族性突然死症候群という珍しい病気だ。その病気は突然死の原因の一つと考えられている。運動して脈が速くなったりストレスなどで同様に鼓動が早くなると発作を起こし、ともすると死に至る。今回も彼女にストレスがかかると発作を起こすかもしれない事は分っていたそうだ。
青葉警察署の刑事に動機を聞かれた時、彼はポツリと話した。
「サエさんは、子供がいたんですよ。」
彼は訥々と語り始めた
であったときには田中は無職で、一緒に暮らして仕事もしていなかった。仕事をしなくてもいいと言われた。その代わりずっと一緒にいて欲しいと中松には言われたらしい。中松紗恵子は実際かなりの資産を持っていたが、それは父から譲り受けた株などで、実生活はつつましい物だったそうだ。田中は一度結婚していたが、相手の異性関係などで離婚していた。子供は居らず、離婚を機にそれまでやっていた食堂をたたみ、時々仕事を請け負ってくらしていたそうだ。二人がであったのは中松紗恵子が前の夫と離婚した次ぎの年だった。調停も終わり、わずらわしい事が終わった直ぐあとだったようだ。
二人が一緒に住むようになって、ずっと順調だった。金銭で困る事はなかった。食事などは田中が作り、二人連れ立って遊びに行くのを近所の人も良く知っていた。また人付き合いもよく、事実上田中は結婚しているも同然だった。
ただ田中には一つの危惧があった。自分の仕事が無い今、中松に捨てられる及び中松が死んだ時の保証が無いことだ。
「私はサエさんに聞いた事が有ります。『もし、貴方が死んだら、私はどうしよう』そのとき彼女は笑って答えてくれませんでした。」
ただ、彼はそれでも問題はないと最初は思っていた。しかし・・・
「サエさんは、子供がいたんですよ。」
離婚した前の夫との間には子供はいない。しかし、実は事故死した彼女の妹には25歳になる男の子がいた。彼女の養子となって彼女が援助していた。既に社会人になっていたため金銭援助は既にしていなかった。だから彼は最初気が付いていなかった。
そのときから彼はが配偶者でない事に焦りを感じた。
「彼女は優しかったが、わたしはそれを感じるとますますどうすればいいか、・・・苛立っていきました。結婚をしようと言いました。でも彼女は前の夫のことがあり、色よい返事はくれませんでした。」
彼女は自分の生命保険の受け取りを田中にしていた。彼にとってはそれがたった一つのすがれる藁だった。
彼に最期の電話がかかってきた時に中松紗恵子にはまだ息があった。彼は電話で彼女の最期の声を聞いたのだ。しかし何と言ったかは彼は決して話さなかった。



「吉田さんは何で気が付いたんですか?」
吉田は田中の拘置所を訪れ一度面会をした。田中のたっての願いだった。
「田中さん、あなたは中松紗恵子から電話が来た時、5分ほど回線が空きっぱなしだったんですよ。上のものはそんな些細な事に気を止めなかったんですが、私はどうしても気になってしまって、貴方と中松さんの身辺をもう一回洗い出したんです。」
一息ついて煙を換気扇の方にフーっと吐き出した。
「そうしたらスポーツクラブでの出来事に出会ったというわけです。あとは憶測だけです。ただ貴方は殺したいと思っていたわけではないだろうと思っていました。アレはきっと魔が差したんだろうと。それを確認する為に駅前で待ち合わせたんです。」
「そう・・・でしたか。ありがとうございました。」
吉田は彼に向かって深深と礼をする田中を見た。
「あのお経から何か変わったんです。」

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廃園の秋 トラボケ駅伝往路の後編です。これを書いちゃうとこのブログが何で作られたかまで分ってしまいますが、自己顕示欲が強い為公開しちゃう所まで含めてボケという事でよろしくおねがいします^^





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最終更新日  2005年01月10日 13時06分05秒
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