卑弥呼VS豊VS土蜘蛛
真面目な?歴史書古事記・日本書紀には、男が、王になると争いが、絶えないので、女王卑弥呼を、王にしたら争いが、消えた (古代人は、紳士?淑女を、大事にした?)そして 卑弥呼が、亡き跡に、また男王が、立ったらまた争いが、始まったので、其処に、豊を、立てたとあるが、一部の歴史散策者に、よると 土蜘蛛一族の(過去字がもっと高貴な意味のくもと言う漢字だったらしい)王女が、卑弥呼で、卑弥呼を、倒して 豊が、立ったとか卑弥呼の貢物よりも 豊の貢物が、良かったので、卑弥呼は中国から抹殺されたとか 卑弥呼が、女王を、内陸で、してる間に九州の巫女が、卑弥呼の名を、語り 中国に、交渉に行き成功した それを、知った 卑弥呼は、抜け駆けした九州の女王のふりを、した巫女を、暗殺したそれから女性は、本名を、知られる事が、恥と言う風習が平安時代まで、続いたとか?とかく訳解らないのですが、とにかく豊と言う名前が見え隠れして 書いてあり 祀ってあるのですが、調べれば調べる程 消息不明と 思うのは、私だけでしょうか? 謎