長編時代小説コーナ
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龍5777
基本的には時代小説を書いておりますが、時には思いつくままに政治、経済問題等を書く時があります。
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「士道惨なり」(8) 「ご家老、何ゆえに忍び者がひそんでおったのか、拙者には合点が参りませぬ」 稲葉十右衛門の言葉に大膳が苦い声で応じた。 「わしは、もって廻った言い方は苦手じゃ。はっきりと申せ」 「試し斬りは何度もございましたが、村正の時のみ忍び者が現れた事が不審に 感じられます」 稲葉十右衛門の顔が行灯に照らせれ、そげた頬と独特の眼が鋭く光った。 「拙者には手引きする者が藩中に隠れひそんでおると思います」 「そう言われればそうじゃな」 望月大膳が低く呟き腕を組んだ。 「忍び者は一人と結論が下されましたな、もし仲間がおるとしたら拙者の 江戸発ちは、公儀に筒抜けとなります」 その一言で大膳の顔色が変わった。 「誰じゃ、手引きいたした仲間は?」 「森弦次郎をおいて他には考えがつきませぬ」 稲葉十右衛門が驚くべきことをずばりと答えた。 「馬鹿め、弦次郎が公儀の忍びなら、味方を斬り殺す訳があるまい」 「殿やご重役の信頼を得るためと申したらいかがにございます」 「味方を殺してまで信を得ると申すか、それは考えすぎじゃ」 「ではお訊ねいたす。村正の処分をはじめに申した者は誰にございます」 「森弦次郎と中老の土井武兵衛じゃ」 「いや、弦次郎の発案にございますぞ」 「稲葉十右衛門、お主は狂っておるのか?」 「滅相な、正真正銘正気にございます」 「稲葉っ、お主と弦次郎が竹馬の友である事は藩中で知らぬ者とてない。 その親友の弦次郎が公儀の忍びと申すか」 「藩と友とは同じ秤(はかり)には、懸けられるものではございません」 「夜分に押しかけ、わしに戯言を聞かせるつもりか」 望月大膳がひたいに青筋をたて怒声を発した。あれだけ殿の信頼の厚い男 が公儀の手の者とは信じられないのだ。 「ご家老、公儀に隠れ忍び、里忍びと申す者が居ることをご存知か?」 稲葉十右衛門は、あくまでも冷静である。 「・・・・隠れ忍びとな?」 望月大膳には初耳のことである。 「我が藩のような外様大名には、必ずおると噂されております。代々に渡り 藩士や町人として住みつき、何事もなければそこで一生を終える忍びにござい ます。しかし、代々に渡り密かに任務は受け継がれると聞いております」 「森家が、その隠れ忍びと申すか」 「左様、森家はまだ新参者。藩士に取り立てられてから弦次郎まで数えて 三代目にございます」 稲葉十右衛門の瞳が不気味な輝きを見せている。 「わしには信じられぬ。隠居の弦太夫も弦次郎もそうじゃが、殿や朋輩の 信頼も厚い」 望月大膳が絞るように言葉を吐いた。 「それが隠れ忍びと申す者、殿や同僚に信がなくば任務が成り立ちませぬ」 「・・・」 望月大膳が言葉を失った。 眼の前の稲葉十右衛門が、奇怪な化物のように映っていたのだ。 「ご家老、殿が村正を入手為された途端に忍び者が姿を現しました。中老の 土井さまと弦次郎しか知らぬことがなぜ洩れたのか、そこのところをお考え 下され」 稲葉十右衛門の声が部屋に響いている、それはまるで望月大膳を 扇動するかのようであった。 士道惨なり(1)へ
士道惨なり(最終回) Dec 28, 2010 コメント(7)
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