長編時代小説コーナ
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龍5777
基本的には時代小説を書いておりますが、時には思いつくままに政治、経済問題等を書く時があります。
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「士道惨なり」(9) 「お主の考えが正しいとしたら、弦次郎に村正を託すことは考えねばならぬな」 望月大膳が薄寒そうな顔をした。 「左様」 「お主は明日、江戸に向かう。・・・弦次郎をどういたす」 「村正の件はまだ公儀に伝わってはおりませぬ。奴が江戸に向かう近道は 中山道、いずれにしても今井田宿を通らねばなりません。我らはそこに待機 しております、そこで拙者が奴を始末いたします」 「殺すと申すか?」 「御意に」 稲葉十右衛門が平然と断言した。 「お主は恐ろしい男じゃ、まだ隠れ忍びと決まった訳ではないのに平気で 友を殺せるものかの」 「疑わしきは弦次郎、殺して口を封ぜねば藩が潰れます」 「稲葉、弦次郎が今井田宿に向かうという確信があるか。お刀を持って他の 道を逃れた場合はどういたす」 「ご安心を、すでに配下に命じ跡を付けるよう手配りをしております」 「心細いかぎりじゃ」 望月大膳が浮かぬ顔で言った。 「ご家老、拙者は江戸には向かいませぬ」 「なにっ」 「拙者も弦次郎を尾行いたします。その為に配下の一人は早馬で江戸に 向かっております」 大膳は目前で平然と嘯く稲葉十右衛門が、とてつもない男に映った。 「あい分かった。弦次郎の件は評定所での決定どおり、お刀をあずれる。 あとはぬかるな、してその後の森家をどういたす」 「拙者がもどるまでは普段どおりの付き合いをお願いいたします。悪戯に 動くと事が露見いたします」 「稲葉、この度の件が無事に落着したら、大目付に推挙いたす。励め」 「はっ」 稲葉十右衛門が畏まって平伏した。 (三) 国許でそのような事が起こっているとは露知らず、弦次郎は警戒を 強めながら、九頭竜川に沿った街道を急いでいた。 川はゆったりとした流れを見せ、川岸には葦が繁り水鳥が群れている。 公儀の者が迫ることが気になり、途中から夜道に変えようと何度となく 迷ったが、襲いくれば斬ると決意し白昼堂々と旅をつづけていた。 旅人の眼もあり襲われるにしても白昼の方が闘いやすい。 何処とも知れぬ場所から、鋭い視線が感じられる。矢張り公儀の忍びが 動きだしたなと、彼の鋭敏な感覚がそれを察知していた。 美濃街道を抜けたが襲ってくる気配がない、郡上街道までの一里塚が 弦次郎の視野に入った。そこから川の名が吉田川と変わる、奥美濃に差し かかったのだ。 日暮れまでに郡上藩に着ける、四万八千石の城下で青山家が支配している 藩である。周囲はすべて鬱蒼とした樹木に覆われ、山の峰がせりだし清流の せせらぎの音が緊張した心を和ませてくれる。 不思議にも郡上藩に足を踏み入れた時から、道中で感じた視線と気配が 消えうせた。なぜ人目のつかない山中で襲ってこなかったのか、なぜ今に なって気配を絶ったのか、お刀を奪えば片がついたいうのに、その点が合点 がいかなかった。 そんな思いを抱き郡上藩の城下町で一泊し、何事もない一夜を過ごし早朝 に、中山道へと目指した。 夕刻まぎわに今井田宿に着いた。大小の旅籠が十数軒と木賃宿が五軒ほど の小さな宿場町である。旅籠お抱えの飯盛女が往来で客引きをしている。 「旦那、あがってくださいな」 真っ白に白粉を塗りたくった女が彼にまとわりついた。 「拙者に構うな」 「なにさ偉そうに、ここは天下の街道だよ」 一瞬、弦次郎の顔が引き締まった、飯盛女にしては素肌に艶があり、ただの 飯盛女とは思えなかった。 「そちの旅籠はなんと申す」 「あがってくれますか?・・・あたしは武蔵屋のお袖と言います」 「気に入った」 「お客さんだよ」 お袖が金切り声をあげ弦次郎を旅籠まで案内した。萱葺き屋根の武蔵屋は 旅籠町の真ん中に位置していた。 「おこしなされませ」 手代が盥を持ってすっ飛んできた、一日早い到着で あった。 士道惨なり(1)へ
士道惨なり(最終回) Dec 28, 2010 コメント(7)
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