長編時代小説コーナ
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龍5777
基本的には時代小説を書いておりますが、時には思いつくままに政治、経済問題等を書く時があります。
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「黄昏の末(6) 三人は閑にまかせ、昔話に花を咲かせた。 つまらない昔の女の話ではあるが、おいら達にとっては懐かしい思い出で ある。「もう一度、あの頃に帰りたいね」 宮ちゃんがぽつりと呟いた。 「皆がそう想っているよ。・・・でも昔には帰れない」 山ちゃんが応じた。一瞬、店内に沈黙が漂った。三人とも分かっているのだ。 「ああ・・遣りたいよ」 宮ちゃんが往事を偲ぶような大声をあげ、照れたように ピールを飲み干した。 「そうだね、皆に隠れ女漁りに行ったら宮ちゃんもお忍びで来たよね」 「そうそう、宋ちゃんが店に居て驚いたね。皆、よく遊んだよな」 「北陸では穴兄弟になるしね」 また山ちゃんが口を挟んだ。 「そうそう、あの時は誰が兄貴なんだろうね」 山ちゃんが、今頃になって不審そうにしている。 「それは宮ちゃんだよ。あちらのお兄さんが未だ遊ぶと言ってましたよて、女が そう言うから、おれもその気になった。ようするに女に騙された訳だ」 おいらの言葉に山ちゃんが、「歳の功だね、宮ちゃん、宋さん、そして俺だね」 と、締めくくった。 馬鹿話にいちだんつき熱燗を頼んだ。外は風が強まってきた感じだ。暖簾が ばたばたと揺れている。 「宋ちゃん、最近、おれは斎場に行ってきたよ」 ビールから熱燗にかえ、宮ちゃんが話題を変えた。 「・・・」 「俺ん家の婆さんは九十五歳だ、もうそろそろ心構えをしなきゃあね」 「そうか、もうそんな歳か」 「最近は核家族だし、近所付き合いも希薄になったしね。それで家族葬にしょうと 相談に行ってきたのさ」 宮ちゃんは屈託のない口調で告げた。 「おれもね、時々、死を考えるよ。なんせ病持ちだからね」 「そうだね、あんたは脳梗塞を患ったからね。その考えは分かるよ」 急に現実に引き戻す話題となった。 「延命措置なんぞせずに、ぽっくりと逝きたいね」 山ちゃんが同意するようにおいらを見つめた。 「おれの故郷は遠いから、家族葬なんかより直葬にしてもらいたいよ。誰にも 内緒でさ、それに桜の木の根元に骨を埋める葬儀の方法もあるそうだ」 これはおいらの本音である。生まれ故郷より今の場所が長いのだ。従って こちらには親戚がほとんどない、わざわざ知らせては相手は困惑するだろう。 だから自分の死を考えると真っ先に浮かぶことは葬儀のことであり、残された 家族の心配であった。出来るだけ迷惑をかけなくあの世に逝く。 「宋さん、分かるよ」 妻女を亡くした山ちゃんが納得顔で頷いた。 女の話から死後の話へ話題が変わっていた。三人とも内心では同じ悩みを抱 えているのだ。 滾ような女への欲望と裏腹に死に対し、向かいあう自分が居るのだ。 恐怖ではなくどのように逝くかが問題なのだ。 黄昏の末<1)へ