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May 2, 2011
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カテゴリ:伊庭求馬無情剣

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      「騒乱江戸湊(16)
     (一章)

 探索をはじめて一ヶ月は経っている。十右衛門は最後の望みを胸に秘め、

五軒目の万八亭を訪れようと奥山の北の端に向かっていた。

 彼は河内亭に通いつめ信用をえた。やり手婆のお鹿と懇意となったことも、

四軒の水茶屋が十右衛門を信用する理由であった。

 どこの店も彼ごのみの妓を紹介し彼は満足していたが、宗匠頭巾の武士と

美貌な女を見つけたすことは出来なかった。

 小道には早咲きの梅の花が馥郁(ふくいく)とした香りを漂わせている。

 浅草寺を見おろす高台に万八亭はある。流石に立派な造りの茶屋である。

 小道の玉砂利を踏んで玄関に近づくと、四、五名のやくざ風の男が屯し、

険しい眼差しを十右衛門に注いでいる。なかに知った顔も混じっている。

「お侍とは一度お会いしやしたね。確か御家人と名乗られやしたな」

 一人の男が視線を強めて近づいてきた。

「お主の顔には見覚えがある」

 十右衛門が和んだ眼を細めて相手を見つめた。

「万八亭に用かえ」  やくざ者が凄んだ。

「凄むな、拙者は客じゃ。河内亭から紹介された」

「サンピンの身分で景気の良いことだ。ここの茶屋の妓は絶品ぞろいだ。

誰か帳場に伝えてやんな」

 やくざ者が手の平をかえしたように静かになった。

「ところで拙者の朋輩に斬られた男はどうした」

「右手のねえ者にやくざが務まるわけがねえ」

 屯している中の一人が陰湿な眼差しで睨んでいる。

 玄関に小女が現れ声をかけてきた。

「勝沼十右衛門さまにございますか?」  十右衛門が無言で肯いた。

「河内亭からの紹介でお待ち申しておりました」

 小女の案内で磨きぬかれた廊下を伝い奥の部屋に通された。

「ここは女将さんの部屋です、お侍さまをお待ちいたしておられます」

「なにっ」  

 瞬間、十右衛門は躊躇した。このような事態になるとは考えてもいなかった。

「遠慮はご無用です。お入り下さいな」

 部屋から艶っぽい声がした。

「御免」

 襖を開けた十右衛門の顔が変わった。長火鉢を前にし島田髷で小紋模様の

艶姿の女が、器用に長煙管を手にし紫煙を吐きだしている。

 それはまごうことなく、河内亭でみた美貌の女であった。

「勝沼さまですね、どうぞ気楽にお座り下さいな」

 十右衛門の躰から汗が滲みだした。探しに探した女とこんな形で遭えるとは

思いもせぬことであった。

「由蔵親分も感謝しておりますよ。河内亭をご贔屓にして頂き、わたしからも

お礼を申し上げます」

 襟元から見える細い首筋の膚はぬけるように白く、ととのった美貌はぞっと

する妖艶さで十右衛門を圧倒した。

「奇遇じゃ、一目惚れした女性がここの女将とはな」

「あら、どこかでお会いしましたか?」

 女将の妖艶な眼で見つめられ、十右衛門は思わず顔を赤らめた。

「いや参った。ここの女将とは露知らず片思いをしたとはな」

「嬉しいお言葉ですよ。こんなわたしに片思いなんて、お波と申します」

「お波さんと申されるか?」

 小女が膳部を運んで去った。

「さあ、一献」

 白魚のような指で酌をされ十右衛門の手が震えた。

「わたしもご相伴します。ところで何処でお会いしました?」

 男の心をくすぐる手管をもつお波の顔に興味の色が浮かんでいる。

 十右衛門が河内亭でさね師の絡みを観たことを話した。

「あのような場所でお会いしたのですか、恥ずかしい」

 お波が顔を染め杯を干した。咽喉が上下し真っ白い膚が十右衛門を魅了

した。十右衛門は欲情をもようしてきた。

 一度でよいから、このような女を抱きたいと思った。


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Last updated  May 3, 2011 09:39:11 AM
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