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May 3, 2011
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カテゴリ:伊庭求馬無情剣

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      「騒乱江戸湊(17)

 半刻ほどお波の酌で酒肴の接待をうけ、小女の案内で妓の待つ部屋に

向かった。

(とうとう見つけた)  そう思うと胸が躍る。

 部屋には二十歳前後の妓がしどけない長襦袢姿で待ちうけていた。

 なかなか美人で素人じみた初々しい妓であった。

 襟元の乱れから乳房の谷間が、十右衛門を魅了し興奮を覚えた。

「そちの名はなんと申す」

 不覚にも声がかすれ、そのことが彼を苛立たせた。

「お初と言います」

「良い名じゃ、もそっと側に寄れ」

 お初が恥じらいをみせ躰を十右衛門にあずけた、熱い女体の感触が欲情

をあおった。それがお波の所為であるとは十右衛門は気づかずにいる。

 夢中で妓を褥に引き入れ、乳房に顔を埋め甘酸っぱい女の体臭に酔った。

 十右衛門は興奮のあまり、お初を二度も抱いた。一刻半も彼はお初の

肉体におぼれ、ようやく身繕いを済ませ万八亭をあとにした。

 夜空は濃い鈍色(にびいろ)の雲が低くたれこめ、小道は闇が覆い尽くし翳

を作っている。刻限はとうに五つ半(午後九時)を過ぎているようだ。

 十右衛門は道を急いだ、浅草寺の脇のいろは屋という蕎麦屋で源次郎と

落ち合う算段をととのえていたのだ。

 馴染みの神無月亭を横目にし、観音亭、河内亭を通り過ぎ彼の心は躍って

いた。ようやく手がかりを見つけたのだ、浅草寺に近づくと殺気のよう気配を

感じた。頭上から低い雲を割って朧月が顔を出した。

「誰じゃ」  闇にむかって声をかけ、素早く刀の鯉口を緩めた。

 返事はないが、ひしひしと殺気の輪がちぢまってくる。

「近づけば斬る」

 十右衛門は無銘の大刀を抜き放った。刃渡り二尺五寸(七十六センチ)

反り七分(二、一センチ)の業物である。

「死にやがれ」

 下品な声と同時に躰ごとぶち当たるような攻撃を浴びた。十右衛門は躰を

ひらいて躱したが、左右から猛烈な攻撃をうけ三歩ほど後方に身を翻した。

「おまえ達は由蔵の手下じゃな」  「うるせえー」

 刃が闇を裂いて十右衛門の脇腹に襲いかかった。

 無銘の業物が凄まじい勢いで一閃した。

「ぐふっ」  異様な声があがり血の臭いが漂った。

 十右衛門が左右に駆け抜け、大刀が風切音をあげ十文字に奔りぬけた。

 苦悶の呻き声と地面に転がる音が耳朶をうった。

 無言で呼吸をととのい、周囲の気配を窺がったが誰も残って居ないようだ。

 懐紙で血糊をぬぐい鞘に納めた。

「馬鹿め、やくざ剣法が北辰一刀流に勝てるものか」

 捨て台詞を発し唾を吐き捨てた十衛門は、何事もない素振りで浅草寺の

裏門へと足を運んだ。

 お波を見つけ、その後に妓を抱いた気の高ぶりが、人を斬ったことで更に

高ぶっている。彼は肩を怒らせ境内を抜けた。

 日中はお参りの人々の喧噪でごったがえす浅草寺の門前は、人通りも途絶え

犬の遠吠えのみが聞こえている。

 ひたひたと自分の足音を耳にし、十右衛門は目指すいろは屋へと向かった。

 いろは屋には源次郎一人が蕎麦を肴に飲んでいた。

「どうかしたか、殺気だって」  素早く十右衛門の異変に気付いた。

「観音堂の近くでやくざ者を三名斬り捨ててきた」

「なにっ」  「お主が手首を斬り捨てた仲間じゃ」

 十右衛門も蕎麦と酒を頼み、徳利に口をつけ一本空にした。


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Last updated  May 3, 2011 11:19:11 AM
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