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龍5777

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May 7, 2011
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カテゴリ:伊庭求馬無情剣

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      「騒乱江戸湊(21)

 十右衛門は己の影を追いながら、観音堂を横にみて浅草寺をぬけた。

 源次郎の待ついろは屋に向かうのだ。

 時折、鋭い視線を感ずるが、それは探索方の者である。

 いろは屋に着くと源次郎が待ちうけていてた。

「十右衛門、妓との別れが辛かったか?」

 蕎麦を啜りながら源次郎が揶揄いの言葉をかけてきた。

「馬鹿なことを申すな、親父、酒をくれ」

 十右衛門は亭主に声をかけ、黒光りをする醤油樽に腰をおろした。

「由蔵の手下を斬ったことがばれた、暫くは静かにしておれ」

 源次郎が賭場での出来事を告げた。

「由蔵に洩れたか、じゃがもう遅い」  

「遅い?」

 十右衛門がお波を恫喝したことを仔細に語った。源次郎は無言で童顔を

引き締め十右衛門を凝視した。顕かに不満げな顔つきである。

「早まったことをしたな、我等の探索が洩れてしまったぞ」

「源次郎、仕方があるまい。奥山一帯は由蔵が仕切っておるが、翳に何者とも

知れぬ大物が潜んでおる。これはお頭も承知の筈じゃ、このままでは埒(らち)

があかぬ。だから万八亭の女将を強請ってやったのじゃ」

「・・・これで奴等が動くと思うか?」

 源次郎が十右衛門の厳つい顔をまじまじと見つめた。

「動く、間違いなく動く」

 杯を干した十右衛門が自信たっぷりに断言した。

「動くとしてお頭にはどう報告いたす」

「心配するな、この件は拙者が独断でやったことじゃ」

「お主一人で責任をとる積もりか?」  

「止むをえぬ」

 勝沼十右衛門の相貌が乾いている、源次郎は十右衛門の覚悟を知った。

「分かった。十右衛門、明朝、二人でお頭の許を訪れ事件のあらましを報告

いたそう」  

「源次郎、分かってくれたか」

 十右衛門が厳つい顔をほころばした。

 源次郎も十右衛門のとった行動は分かる、闇公方らしき男を発見したのは、

ほかでもない十右衛門自身である。このままでは進展がないのも分かる。

「そうと決まれば、今宵は何もかも忘れて飲もう」

「源次郎、勝手なことをして済まぬな」

 この二人の会話をいろは屋の外で盗み聴いている男がいた。

万八亭の帳場をあずかる留吉であった。

「畜生、奴等は火盗改方だな。こうなれば由蔵親分に注進するしかあるめえ」

 ふてぶてしい顔つきを歪め、足音を殺し闇に消えて行った。

 二人は場所を変えて痛飲した。刻限は四つ半(午後十一時)を廻っており、

酩酊し四月の風に吹かれ、浅草の木戸をくぐり四谷へと向かっていた。

 常夜灯に照らし出された桜は満開を迎え、花びらが桜吹雪となって闇のなかを

舞い踊っている。

「見事じゃのう」

 十右衛門が足を止め桜吹雪に見惚れている。

「そこに隠れておる者は誰じゃ」

 唐突に源次郎の鋭い声が闇に響いた。

 振りむいた十右衛門の視線に、源次郎の進路を塞ぐように佇んでいる、

長身の孤影を捉えた。

「おはん等が火付盗賊改方にごわすか?」

 浪人が腹の底に響くような薩摩なまりの声を発した。

「何者じゃ」

 源次郎が草鞋を蹴るように脱ぎ捨て抜き打ちの構えをみせた。

 十右衛門が猛然と駈けつけた。

 四月のねっとりとした空気の中で刺客との対決が始まった。

「おはん等はうるさか、そのために待っていたとばい」

「ふざけるな」  源次郎がすかさず抜刀した。

「薩摩者じゃな」

 十右衛門が浪人の左手に、身をうつし大刀の柄に手を添えた。

「おいの名は地獄の龍ぱってん」

 凄まじい剣気が浪人の躰から吹き上がった。


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Last updated  May 7, 2011 11:47:50 AM
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