長編時代小説コーナ
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龍5777
基本的には時代小説を書いておりますが、時には思いつくままに政治、経済問題等を書く時があります。
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「騒乱江戸湊(23) 惜しい男を二人も失ったものだ、源次郎の童顔と十右衛門の厳つい 顔が脳裡をよぎり、河野権一郎が沈痛な表情で天を仰いだ。 「お頭、二人の遺骸を引き取りましょうか」 古参同心の天野監物が沈んだ声をかけた。 「待て、薩摩藩邸にこの事件を知らせるのじゃ。これだけの遣い手はそうは 居るまい、下手人の手がかりが分かるやも知れぬ」 薩摩藩邸は上屋敷が三田四国町、中屋敷が高輪、下屋敷を目黒に持って いる。配下が手分けをして散っていった。 河野権一郎は筵(むしろ)に覆われた二人の死骸の脇で床几に腰を据え、 源次郎の残した日記帳に眼をはしらせた。これまで報告を受けた以外の 目新しい情報は書かれていなかった。 二人は新しいネタを掴んだのじゃ、その口封じゃなと直感した。 半刻ほどで三田四国町の上屋敷から、身形の立派な薩摩藩士が三名 訪れてきた。 「おいどんは江戸留守居役の別府十郎太にごわす。ここにおる者は剣術師範 の、大山一之助に師範代の伊地知安兵衛にごわす」 「遠いなか恐縮にござる、火付盗賊改方の河野権一郎です」 河野が事件の詳細を告げた。 「傷痕から察し、貴藩の示現流かと推測いたした。ご苦労にござるが検分を お願いしたい」 「お安いことにごわす、大山どんと伊地知どん遺骸を改めて下され」 河野権一郎が三人を先導し、遺骸をおおった筵をはいだ。 二人が熱心に傷痕を調べはじめた。 「凄い斬り口にごあんな」 「国許でもこげな遣い手は居りませんな」 二人が驚きの声を発している。 「いかがにござる」 「間違いなく示現流の傷痕にごわす、されど我が藩にこれだけの遣い手は 居りませんな」 別府十郎太が厳しい顔つきをみせ断言した。 「下手人の見当はつきませぬか」 「お留守居役、数年前に一人おりましたぞ」 伊地知安兵衛が昔を思い浮かべる眼差しで別府を見つめた。 「誰じゃ?」 「剣のみが取り柄の男にごわしたが、藩士と私闘を行い脱藩した橋口龍五郎 と申す男にごわす。噂によれば殺し屋稼業に落ちぶれたと聞いております」 「裏世界の殺し屋にござるか」 「左様、左眼が糸のように細い顔の男にごわす」 「お手数をおかけいたした」 これだけ聞けば十分である。丁重に礼を述べ、薩摩藩士が帰路についた。 翌日、河野権一郎は組頭の山部美濃守の役宅を訪れた。 美濃守は鉄砲組頭として火付盗賊改方の長官を勤めていた。 若年寄支配に属し、役高千五百石で布衣(ほい)の官職を許され、躑躅の間 を詰席とする役職である。彼は四十半ばで切れ者で評判の男であった。 河野権一郎は古賀と勝沼の二人の殉職を知らせた。 「両名は何を探っておった?」 山部美濃守が高い鼻梁をみせ訊ね、河野が今までの一部始終を報告した。 「なんと―、闇公方などと名乗る不届き者が居ると申すか。捕えたら極刑じゃ、 それに賭場や岡場所を密かに復活させ、暴利をむさぼるなんぞ許せぬ」 「闇公方は風評にございますが、奥山の賭場と岡場所は浅草の由蔵と申す やくざ者が仕切っております。背後には大物か潜んでおるとみておりす」 「なぜ岡場所や賭場を見逃しておる?」 「すべては不届き者を捕縛せんがためにございます」 「河野、探索は十分にやれ。わしは若年寄さまを通じ、岡場所と賭場の取り 潰しの許可を得る」 山部美濃守が顔を朱色に変えて下知を与えた。 「畏まりました」 河野権一郎は番屋に戻り配下を一堂に集めた。火付盗賊改方の全員が朋輩 の死を悼み、お頭の河野権一郎の言葉を待った。 総勢、二十八名の同心である。 騒乱江戸湊(1)へ
騒乱江戸湊 Aug 9, 2011 コメント(198)
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騒乱江戸湊 Aug 6, 2011 コメント(59)
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