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May 11, 2011
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カテゴリ:伊庭求馬無情剣

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      「騒乱江戸湊(25)

「やけに荷物が多いな」

 監視を命じられた天野監物が、若い同僚の若山豊後を振り向いた。

「天野さん、新しい見世物小屋の建築資材でしょう」

 若山豊後は意にかえさなかった。

 二人の眼の前を丸太を満載した大八車が数台、奥山の反対側に消えてゆく。

ここ数日、ひきもきらず夜間となると荷物が運びこまれている。

「もう五つ(午後十時)か、今夜も進展がねえな」

「天野さん、引き上げましょう、腹も減ったことだし」

「そうじゃな、門前の蕎麦屋で一杯やるか」

 この二人は火付盗賊改方でも練達の同心で、何度も難事件を解決してきた。

 二人は周囲を警戒の眼で眺め、観音堂へと向かう小道を戻って行った。

 闇夜に静寂が支配し、朧月が鬱蒼と繁った樹木の梢に浮かんでいる。

「親分、奴等は引き上げましたぜ」

「よし、最後の荷物だ。今のうちに運び込め」

 小声が聞こえ、物陰に潜んでいた大八車が一斉に動きだした。こうした

ことが毎晩繰り返されていたのだ。

 一行の先頭に長羽織を纏った由蔵の姿がある。

「早くしろ、見咎められたら面倒だ」

 人足達が無言で大八車を引いてゆく。この人足達は深川に屯する定職の

ない男等で日銭でかき集めてきたのだ。

 一行は奥山の裏手に廻り、暗闇の中に止った。そこには樹木の翳に隠れ

た古びた祠がひっそりと佇んでいた。

「荷物はそこの祠の前におろしな」

 由蔵の命令で人足が汗を滴らせ荷物を祠の前に積み上げた。

「ご苦労だった。金兵衛、日当を払ってやんな」

 由蔵の言葉で代貸しの金兵衛が、一人一人に日当を払いながら、

「そこの堀割りに小舟がある。それで送って行くぜ」 と声をかけている。

「有難い」

 人足達が日当を懐に、次々と船に乗り込んで行く。

 由蔵がその様子を透かし見て草叢に近寄った、そこに一艘の猪牙船が

舫われていた。

「橋口の旦那、あとは頼みましたぜ」

「承知にごわす」

 猪牙船の船首に翳のように蹲った浪人が腰を据えていた。地獄の龍と

異名をとる、殺し屋の橋口龍五郎であった。

 朧月の明かりに照らされた左眼が糸のように引きって見える。

「奴等は三艘の小舟に分乗しておりやす。大川に出たら始末しておくんなせえ」

「親分、おいに意見は無用にごわす」

 低い声に苛立ちがこもっている、傍らの徳利を手にし顎をしゃくった。

 猪牙船が微かな櫓(ろ)の音を響かせ堀割りへと消えた。

「おめえ達、また頼むぜ」

「親分なら喜んで手伝いますぜ」

 春の重苦しい空気の澱むなか、人足を乗せた三艘の小舟がさざ波をたて

岸部を離れた。由蔵は樹木の翳に入り、祠の前で足を止めた。

 彼は祠に手を差し入れ、扉の引き戸を開けた。草叢に覆われた眼の前の

丘から軋むような音が響き、草叢の中の一ヶ所に淡い燈火が洩れた。

「さあ、おめえ達早いうちに荷物を片付けてくんな」

 子分等が一斉に祠の前の荷物を運び込んでいる。

 由蔵は奥山の草深い丘に、大がかりな地下蔵を作っていたのだ。

 入口は大人二人が並んで通れる幅をもった通路が続き、所々に灯りが点され

ている。奥に向かうにしたがって無数に枝分かれした通路があり、その先には

三十畳ほどの大部屋が十二も作られていた。

 由蔵と金兵衛が奥に向かった、突き当りの部屋から濁声が聞こえる。

「おう、皆、やっているな」

 部屋には二十名ほどの大工や左官が、車座となって酒を飲んでいる。


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Last updated  May 11, 2011 11:34:10 AM
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