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May 12, 2011
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カテゴリ:伊庭求馬無情剣

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      「騒乱江戸湊(26)

「良くやってくれた、礼を言うぜ」

 由蔵が大工等を見回した、その眼に冷たい光が宿っている。

「親分、勝手に頂いておりゃすよ」

「今夜で出来上がったんだ。金兵衛、礼金を払ってやんな」

「へい、皆、約束の礼金三十両だ。他言はしねえでくんな」

 金兵衛がそれぞれの膳部の前に金子を並べた。

「嬉しいね、これで今年は遊んで暮らせるってもんだ」

 大工等が大声で嬉しさを現している。

「皆さん、これは親分からの差し入れだ」

 子分が菰樽を運び込んできた。

「こいつは豪勢だ」

 大工の一人が樽を割った、酒の芳醇な香りが地下蔵の部屋に漂い、

それぞれが湯呑みで飲み始めた。

「明朝はいつもの刻限に帰ってくんな、それまではゆっくりしねえな」

 由蔵が声をかけ部屋から出た。金兵衛がすかさず扉に太い閂を差し込んだ。

「金兵衛、おれ達は隣の部屋で飲むとしょう」

 由蔵が隣の部屋に入り中央の座で手酌をはじめた。火付盗賊改方の眼を

盗み、膨大な資金と資材を使い大工や左官を集め、ようやく地下蔵が完成

したのだ。その苦労を思うと由蔵には感極まるものがあった。

 荷物を片付けた子分も戻り、無言で飲み始めた。

 四半刻(三十分)ほど時がながれた。

「金兵衛、そろそろ薬が効いてくるじぶんだな」

「へい」  金兵衛の顔が青白く見える。

「代貸しのおめえが、がたつくんじゃねえ。奴等を生かして帰してはならねえ」

「分かっておりゃす」

 金兵衛が景気をつけるょうに一息で酒をあおった。

「苦しい」

 突然、隣の部屋から苦悶の声があがった。

「誰か、助けてくれ」   「畜生、毒を盛りやがったな」

 争って大工達が苦痛に耐えかね扉に殺到する音が響いた。扉が軋み、怒声

と苦悶の声が入りまじり、急に静かになった。

 由蔵だけが悠然と独酌しているが、手下の一人が堪えきれずに突然吐いた。

「馬鹿野郎、こんなところに吐くんじゃねえ」

 すかさず由蔵が罵声を浴びせた。

「野郎ども、隣の奴等はくたばった頃だ。死骸を片付ける算段をしな、金子は

金兵衛、おめえが集めな。くずくずするんでねえ」

 由蔵の声で子分どもが恐るおそる閂を外した。

 部屋は凄惨な情況となっている。苦悶の表情を浮かべて倒れている者、扉に

すがって絶息している者、食べた物を吐きだし汚物のなかで息絶えている者、

悪臭が漂い眼も当てられない地獄絵図である。

 由蔵が平然とした顔で長羽織姿で周囲を見廻している。

「さっさと片付けな、死骸は例の穴に放り込んで埋めるんだ」

 由蔵の冷酷な声に促され、子分が死体を担ぎ出してゆく。

「金兵衛、銭はいいな」

「へい、全て金箱に戻しておきやした」

     (一章)

 その頃、人足を乗せた小舟は大川の流れにのって闇夜を進んでいた。

 辺りは漆黒の闇であるが、潮の香で江戸湾が近いと知れる。

「小名木川に向かってんだろ、・・・・何処まで行くんだえ」

 人足達が騒ぎだした。

「静かにしてくんねえ、船がひっくりかえるぜ」

 船頭役の子分が必死でなだめすかしている。

 先導する猪牙船の船首に座った地獄の龍が、大刀の下緒で襷がけとし、

細い左眼を光らせた。小舟の人足の怒声が激しさを増している。

 龍が船頭に顎をしゃくった。猪牙船が旋回し勢いを増して小舟に近づいた。

「チェストー」  凄まじい示現流の懸け声が大川の水面に響いた。

 政国二尺五寸(七十六センチ)が血を求め煌めいた。

 同時に地獄の龍の長身が宙に舞い上がり、小舟の舷側に飛び移り、

乗っていた人足が悲鳴をあげる間もなく斬り殺され、大川に転落した。


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Last updated  May 12, 2011 11:29:39 AM
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