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May 13, 2011
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カテゴリ:伊庭求馬無情剣

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      「騒乱江戸湊(27)

「殺されてたまるか」

 自ら大川に身を投ずる者もいる。

「逃してはなりもさんぞ」

 龍が子分に命じ、三艘目に飛び移るや同田貫が大車輪に廻された。

 その度に悲鳴や絶叫があがり、大川に水飛沫があがっている。

「助けてくれ」

 泳げない人足の叫び声をめがけ同田貫が一閃した。それは悪鬼羅刹の

ような情け容赦もない殺戮であった。

 三艘の小舟の人足があっという間に斬殺され、大川の流れに飲み込まれた。

「船を廻すのじゃ、生き残っておる者は斬っちゃる」

 船首に仁王立ちとなり、大川の黒い水面を見つめ死骸を見つけるや入念に

大刀を振るって確認してる。まさに地獄の鬼の所業である。

「旦那、奴等は大川の底ですぜ」

「生き残っては計画がばれる。一人も逃してはなりもっさんぞ」

 地獄の龍が左眼を光らせ大川の暗い水面を眺めている。

「野郎ども小舟を沈めな」

 猪牙船の船頭役が的確な指示を与えた。

「おいを日本橋に降ろしてくれんじゃろうか?」

 船首で地獄の龍が血糊をぬぐった政国を鞘に納め、乾いた声を発した。

「旦那、女ですかえ。ようござんすよ」

「そうたい、人を斬ると女子が欲しうなる」

 船首に座った地獄の龍が片目を歪め肯いた。


 翌朝、数寄屋橋御門内の南町奉行所は騒然となっていた。定町廻り同心

の加藤貞一郎は、年番方与力の鷹野郡兵衛の呼び出しをうけ、奉行所の

御用部屋に急いでいた。

「加藤、事件じゃ」

 顔を見るなり鷹野郡兵衛が性急に声をかけた。その様子がただ事ではない。

「大川の各所に人足の死骸が打ちあがっておる」

「人足にございますか?」

「そうじゃ、日雇い人足と思えるが余りにも数が多すぎる」

 鷹野郡兵衛が愛用の煙管を銜え紫煙を吐きだした。

 年番与力とは古参の与力で常備、三名がその任務についていた。

 今でいう管理部門の担当者である。一方の定町廻り同心は六名編成で

犯罪捜査や召し取りなどを担当していた。

「加藤、今月は我が南町が月番じゃ。これより御用にあたってくれ」

「分かりました、さっそく大川一帯を捜査いたします」

 加藤貞一郎は目明しの秀次を伴い猪牙船で大川一帯の捜査を始めた。

 新大橋、両国橋、御厩の渡し、吾妻橋、竹屋の渡し、白髭の渡しと何度も

往復し、人足の死骸をつぶさに検分した。

「旦那、ひどい殺しですな、下手人は凄腕の侍ですね」

 凄まじい傷痕をみつめ秀次が暗い面持ちで訊ねた。

 いずれの死骸も大川の水で洗われ、傷口の痕が生々しく一目で分かる

「これは示現流じゃな」

「旦那、それが下手人の流派ですかえ」

「ああ-、薩摩藩の御家剣法だ」

「それじゃあ、下手人は薩摩のお侍ですかえ」

「そうは断定できまいな、簡単に足が割れるような犯人ではねえ」

 加藤貞一郎が十手で鼻の頭をかき苦笑を浮かべた。

 陽春の大川は心地よい風が吹き流れ、高瀬船が荷を満載として大きく帆

を膨らませている。川面は陽を浴びて眩しいほどである。

 二人は猪牙船を吾妻橋の番所に着けた。そこには臨時廻り同心の町屋

六兵衛が、三体の死骸とともに待ちうけていた。

「これは町屋さん、ご苦労に存じます」

「加藤、厄介な事件だな」

「何か分かりましたか?」

「犠牲者は十八名だ、大川河岸のあちらこちらに流れついておる。いずれも

一太刀で命を失っておる」

「どこか別の場所で殺し、大川に捨てたのでしょうか」

「それは考えられぬ。騙して船に乗せ大川で斬殺したのだ」

 隠居まぢかの町屋六兵衛が老練な顔つきで思案し答えた。

 臨時廻り同心とは定町廻り同心の古参で、定町同心の指導を担当しいる。

「面倒なことをしますな」

「加藤、十八名もの人足を陸(おか)で殺すことは難しい。大川ならば逃げる

ことが出来ぬからな」

「相手は船を使っておりますな。当然、逃げおおせませんな」

「それに下手人は一人じゃ。傷痕から察し同じ者の犯行じゃな」

「恐ろしい遣い手が居りますな」

 加藤貞一郎が薄寒そうな顔をした。


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Last updated  May 13, 2011 11:09:03 AM
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