長編時代小説コーナ
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龍5777
基本的には時代小説を書いておりますが、時には思いつくままに政治、経済問題等を書く時があります。
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「騒乱江戸湊(29) 「小春日和の日差し浴び、時は八つ(午後二時)頃、小腹減る」 大声を張り上げ、小奇麗な一軒の店の暖簾をかき分けた。 「いらっしゃい」 威勢のよい懸け声に迎えられ、男は隅の席に腰をおろした。 「冷酒を一杯おくれ」 「あいよ」 色っぽい三十路の女将が徳利と杯を並べた。 「女将、サイマキ海老はあるかえ」 「今朝、採れたての活きのいいのが入ってますよ」 「そいつはいいね、・・・・それに浅蜊はどうだえ」 「焼くのかえ?」 「べらぼうめ。三十させごろ四十しごろて言うが、ここの浅蜊は女将と一緒かえ」 「・・・・」 男の言葉の裏を察し、女将が顔を赤らめた。 「貝の汁を旨く頂くにゃあ、酒蒸しに限るぜ」 「猪さん、あんたが言うと助平に聞こえるよ」 女将が照れた顔つきをして文句を言った。 「照れる歳でもあるまいに、鼻息荒い春の宵てなもんだ。もう一本くんな」 相変わらず馬鹿を言って昼酒を楽しんでいる。 「猪さん、近所は大騒ぎだよ。大工や左官が四、五人帰ってこないってね」 女将が新しい徳利を差出て心配顔をした。 「さっき熊んとこの坊主も同じことを言って泣いてわめいていたな」 「良い儲け口が見つかったと皆、喜んでいたそうだ。何か最近は物騒だね。 昨夜は大川で十数人の人足の死体が流れ着いたと聞きましたぜ」 亭主が暗い眼差しでぼやいた。 「そいつは初耳だぜ」 「南のお役人が眼の色をかえていなさるって評判だよ」 男の眼が鋭くなった。冷酒を舌で転がし味を楽しんでいる風情に見えるが、 何やら思案をしている。 かっては飛礫(つぶて)の猪の吉と異名をとった男である。 今の会話で何かを悟ったようだ。 「久しぶりの浅蜊は旨かったよ、勘定を頼まあ」 空徳利の傍らに銭を置いて素早く立ち去った。 春雷が走り抜けた宵の五つ(午後八時)、柳橋の料亭鶴屋の一室である。 三人の男が料理に舌鼓をうっていた。 上座には猪の吉が座り、その前に人足稼業を営む上田屋の八助と質屋の 石田屋の梅吉である。 「江戸湾で採れた魚は旨いねえー」 猪の吉が声をあげた。 「さいですな、今晩の急なお頭の呼び出しにはびっくりいたしやしたよ」 「八助、そのお頭はやめてくんな、もう昔の稼業からは足を洗ったんだ」 猪の吉がほろ苦い笑いを浮かべた。 「堅気となってもお頭はお頭ですぜ、なあ梅吉」 「そうでございやすよ」 梅吉が肯いている。猪の吉は昔ならした大泥棒の頭であった。その時の 猪の吉の左右の手となって働いたのが、八助と梅吉の二人であった。 今は手下たちも全て堅気となって正業に就いていた。 猪の吉は突然に今夜、昔の片腕の二人を呼び出したのだ。 「遠慮なくやってくんな」 卓上には刺身の盛り合わせの大皿に、採れたての江戸湾の魚介類が 天麩羅となって並んでいる。 「こんなご馳走も、おめえたちのお蔭で喰える」 「そいっは言いっこなしで」 貫禄のついた八助が嬉しそうに言った。 猪の吉は堅気となったが、いまだに手下は月々なにがしかの金子を 届けてくれていたのだ。 それは一味を解散する時に、猪の吉は稼いだ金を全て手下に分け与えた。 その恩義に報える手下の好意であった。 「飲みながら聞いてくんな、大川に人足の死体が大勢あがった事件をおめえ たちも承知してるな」 「お頭は、その事件に不審な点でもございやすのか?」 梅吉が端正な顔で訊ねた。 「おいらの長屋の近辺にも変なことが起こってる。大工や左官が雲隠れの ように消えている、これは勘だが大川の事件と繋がっちゃあいねえかと思っ てな。二人に心当たりねえかと思って来てもらった」 「人足に大工と左官ですかえ」 植田屋の八助が考え込んみ、猪の吉が熱燗を二人の杯に注いだ。 「おめえたちにも見当がつかねえか」 猪の吉がサイマキ海老の天麩羅を頬ぱって首をひねった。 騒乱江戸湊(1)へ
騒乱江戸湊 Aug 9, 2011 コメント(198)
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