長編時代小説コーナ
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龍5777
基本的には時代小説を書いておりますが、時には思いつくままに政治、経済問題等を書く時があります。
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「騒乱江戸湊(31) 「師匠にこっぴどく叱られやしたね」 「猪の吉、お蘭の悋気(りんき)は怖い、怒って夜の相手もしてくれぬ」 求馬の揶揄いにお蘭が文句を言った。 「旦那、そんなことまで猪さんに喋ることはないでしょう」 そう言いつつお蘭が顔を赤らめた。帰ったその晩に思いきり抱かれたことを 想いだしたのだ。 「あれっ、師匠、どうかしゃしたか顔が赤いよ」 「意地悪は言わないの」 お蘭が爪で猪の吉の太腿をつねりあげたのだ。 「痛え-」 思わず猪の吉が悲鳴をあげた。 相変わらず窓からの景色はのどかに見える。暗い大川を燈火を船首に 点した荷船が数艘、櫓の音を響かせ下ってゆく。今が満潮のようだ。 「旦那、何処に行っておられやした?」 猪の吉の面上に興味の色が浮かんでいる。 「西国から九州にへと旅をして参った」 求馬が乾いた声で答え、遠のく荷船を視線で追っている。 「半年も音沙汰なしで九州ですかえ、師匠の怒るのも当然ですぜ」 「猪さん、分かってくれるでしよ」 「分かりやすよ。ところで西国や九州の女はどうでした」 「お蘭に比べれば田舎女ばかりじゃ」 求馬の言葉にお蘭が複雑な表情をした。怒るべきか嫉妬すべきか迷って いる風情である。元公儀隠密の求馬とは不思議な因縁で結ばれていたのだ。 一時は求馬と敵対関係のあったお蘭であるが、今は一緒に暮らしている。 それだけに女としての幸せ感じているお蘭であった。 いちいち求馬の女関係に嫉妬していてはついていけないのだ。 「猪の吉、お主になにがあった、躰の奥に怒りが湧いておる」 求馬が覚めた声で興味をみせた。 「矢張り旦那だ、その為に相談に伺いやした」 猪の吉の改まった口調に、お蘭がそっと部屋を抜け出て行った。 猪の吉が江戸で起こっている事件をつぶさに語り、求馬は無表情な 顔をみせ聞き入っている。猪の吉が自分の考えを語り終え訊ねた。 「旦那、あっしの考えは間違っておりやすか?」 「今のネタだけでは分からぬが、裏世界の大物が糸を引いておると思われる。 とんでもない大物かも知れぬな」 求馬の相貌にわずかな変化が見えた、見逃さずに猪の吉が唾をのみ込んだ。 こんな顔をなさる旦那は久しぶりだ。 二人で一緒に何度も難事件を解決してきた、猪の吉ならではの勘である。 窓から大川の気怠い風が吹き込んでいる。 「猪の吉、羽振りのよいやくざ者が分かったら知らせよ。それまでわしも探って みよう」 求馬が請け負った。 桜の時期が去り、かわって新緑の眩しい季節を迎えていた。 色とりどりのツツジの花が咲き誇り、甘い香りが漂っている。 相も変わらず浅草、奥山界隈は人の波でごったがえしていた。 「豊後、こうも毎日蕎麦では飽きがくるな」 火盗改方の天野監物と若山豊後の二人が、愚痴をこぼしつつ蕎麦を啜って いる。人足の殺害事件から一ヶ月ちかく経っているが、一向に事件の進展は みられない。 南町奉行所の加藤貞一郎からも何の連絡もない。 「天野さん、あれを見て下さい」 若山豊後が開け放った格子戸から外を指差した。 「なんじゃ」 天野監物が外をのぞき見た。 視線の先に獰猛な顔つきの、浅草の貸元の由蔵の姿が見えた。 麻の長羽織に朱鞘の一本差しで雑踏を掻き分けている。周囲には手下が 十名ほど警戒し、傍らには飼い犬浪人が五名びったりと張り付いている。 「奴が浅草の由蔵か?」 「そうです、奥山一帯を仕切る羽振りのよい男です」 「豊後、奥山の賭場と水茶屋の元締めと聞いておる」 「水茶屋てはありませんよ、亡くなった勝沼さんが言っておられました、あれは 淫売宿だと」 「なにっ、なぜお頭に知らせぬ」 「お頭が取り壊しを申された時、勝沼さんが猛反対をされたそうです」 「なんでじゃ」 天野監物が不審そうな顔をした。 「奴の背後には大物の気配がすると、勝沼さんが言われたと聴いています」 「ぬかったな、わし等は由蔵を見逃しておった」 天野監物が精悍な顔で唇を噛みしめている。 火盗改方は人足殺害事件で由蔵に対する追及の手を緩めていたのだ。 それはお頭の河野権一郎も同じことであった。 騒乱江戸湊(1)へ
騒乱江戸湊 Aug 9, 2011 コメント(198)
騒乱江戸湊 Aug 8, 2011 コメント(43)
騒乱江戸湊 Aug 6, 2011 コメント(59)
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