|
カテゴリ:カテゴリ未分類
「オヤ、誰かと思ったら砂町の武魂の旦那じゃございませんか」 「オウ、これは梅弥姐さんじゃねえかい。相変わらず綺麗だねえ」 「あら、旦那、いつからそんなにお上手になりなさったんでしょうねえ。どこかに良い女(ヒト)でも出来てご機嫌さんじゃないんでしょうねえ。憎いったら・・・抓(つね)っちゃお」 「オゥオゥ、痛(いて)えじゃねえか。オイラは年中梅弥姐さんにホの字でサ、他の女なんぞ眼には入(へえ)らねえよ」 「うふっ、そうかい。。。嬉しいこといっておくれだねえ。ねえ、今丁度、トコロテンわ井戸で冷やしたのをあげたところなんだけどサ、食べて行っておくれな」 「ほぅ、そうかい。アノ冷たくってツルンとしたところが大好(でえす)きなんだよ、じゃあ、遠慮なくゴチになるぜ」 「オイ、町人、そこをどいて通せ」 「女、上がるぞ、酒を出せ」 「失礼さんでござんすが、ウチにはイモ侍に出す酒なんかございませんのサ」 「おんな、無礼を申すと捨て置かんぞ。このお方は新政府のご重役の山県侯だぞ」 「ヤマガタだろうがクワガタだろうが知ったこっちゃあござんせんよ。江戸人形町「はつ梅」の梅弥姐さんがないと言ったら金輪際ないんだよ。トットと帰ってオトトイ来やがれ」 「この無礼者めが、思い知れ」 梅弥に殴りかかって来た供の者の手を武魂先生がヒョイと掴(つか)むと『エイッ『という気合いとともに2,3メートル先に投げ飛ばしていた。 「オウ、お役人さん、女子供相手にみっともねえこたあよさねえかい」 「なんじゃとっ」 「まだ分からねえのかい。このお江戸のド真ん中、日本橋人形町で野暮は通らねえのさ。公方様お側の旗本ヤッコは降参しても、町衆を相手にして戦(いくさ)をおやりになるんでしたら、それなりの覚悟はいりますぜ」 気がつくと天秤棒やトビ口を手にした兆人が十重二十重に囲んでいる。 「武魂の旦那、コイツらやっちまいますかい」 「オゥ、適当に可愛がってやんな」 「まっ、待てっ。閣下にお怪我あっては大事だ。この場は眼をつぶってやるから、みな退けい」 「へんっ、お前(めえ)は眼をつぶってもなあ、おいらたちにやあできねえんだよ」 町衆がジリッとニジリ寄ったところに 「ドゲンしもした」 馬上からノンビリした声が降って来た。 「あ、これは西郷閣下。実は山県閣下をこれなる茶店にご案内してお休みをいただこうとしたところ、あれなる武魂とか申す不逞の町人に邪魔立てをされ、さらには取り囲まれたるしだいでござる。 なにとぞ、兵を以って鎮めてくださいませ」 「ナンバ、愚かなコツば言いよるとか。陛下の赤子たる江戸町民にご親兵バ向くるなど、あってはなりもはん話でごわす。こん吉之助は昔から武魂ドンとはネンゴロなるお付き合いをいただいちょっどん、武魂どんがオハンば諫言したちゅうこつは非はオハンにありもす。オハンこそ謝るがヨカ」 うしろの馬から桐野利明が降りてきて、 「武魂どん、ここはスンモハンが一つおさめてくいやったもんし」 「西郷さんと桐野さんから頼まれたとあっちゃあ断れねえなあ。ヨシ、みんなここは一つ納めてやっちゃあくれねえだろうか」 「旦那の頼みとあっちゃあことわれねえ、ヨシみんな退くぜい」 町方ヤッコが引き揚げて山県主従がスゴスゴと消え去った後、 「旦那がた、冷たいところてんでもいかがでございますか」 「ホウ、それはスンモハンこつ。馳走になりもそ、ハンジロどん」 「じゃっどな、西郷(せご)どん」 時の陸軍大将と中将が並んでところてんを食べる明治初年。 「天意を解せぬ者が権力を持つと側の者までもが己の分を誤る、いわんやそのヒトをおいてをや。慎まなければなりもはんど、半次郎どん」 「じゃっが」 心根卑賎の徒輩が間違って権力を持つと世の中は荒廃する。 歴史はつねにその繰り返しだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|