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ないものねだり

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2015.09.12
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カテゴリ:カテゴリ未分類
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人は、水なしでは生きられないが、水は時として凶器にもなる。
今回、関東・東北地方の水害に遭われた方々には、心からお見舞いを申し上げたい。


こうした災害が起こるたび、人は自然の前には無力だと思い知る。
約十年前、自身も市街地の三分の一が水没するという異常な水害を経験した。
一旦事が起きれば、わずかな時間に事態が急変することも、
一瞬の判断が生死を分けることも我が身で学んだ。


その時、自分もそんな判断を迫られた。 やたらと台風の多い秋だった。
一つ一つは決して大きくはないが、週ごとに近隣の地方をかすめて行き、
そのたびに降り続く雨にうんざりしていた。


その日も雨の中、社用車で客を空港まで送ったあとオフィスに戻る途中だった。
車中から外に目をやると、国道に面した斜面から濁った水が流れ落ちていた。
それが何となく気になり、脳裏にこびりついた。


戻ってからも雨は激しくなるばかりで、空は真っ黒な雨雲に覆われていた。
社屋の裏の社用駐車場には、どこかから流れてきた水が少し溜まっていた。


IT担当の社員が、弁当を頬張りながら誰にいうともなく、
「昨日からだと、もう250mm以上降ってますね」とつぶやいた。


国道の一部区間では、1時間あたりに一定の降雨量を超えると通行止めになる。
該当する方面から、マイカー通勤している女子社員が数名いたのを思い出した。
内線で、社長に女子社員を退社させる許可を得て次長に指示を出した。
時刻は午後1時45分だった。


雨足は、さっきよりさらに強くなっていた。
午後2時過ぎ、出先から戻った課長から「高速が速度規制で遅くなりました」と報告があった。 ちょうどその頃、さっき車中から目にした濁った水流が気になりはじめていた。


地元出身の若手社員に「国道の山側ってどうなってんの?」と聞くと、
「大きな農業用の貯水池です」という。午後3時過ぎ、駐車場の様子を窺うと、水は靴の下半分が浸かってしまうぐらい溜まっていた。 


頭の中で、幾つかの疑問のピースが繋がり、不吉な確信に変わった。


IT担当に地図を表示させ、社員全員に各自の帰宅順路の検討をするよう指示し、
社長に「全員帰宅させる」と伝えて各部署へ連絡。
退社しはじめた社員には、「帰宅したら携帯に報告してくれ!」とつけ加え、
外に出向いている部下には、携帯電話で直ちに直帰するよう命じた。


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誰もいなくなったオフィスでは、社長と「設立時は、机が二つだったね」とか、
思い出話をしながら、しばらく静かさを味わい珈琲を啜っていた。


まるで、沈みゆく船に残った船長と副長のような雰囲気だった。
一人、また一人という具合に無事帰宅の報告が携帯に入りはじめた。
中には、帰路の道が冠水しているとか、路肩がえぐれて迂回したという報告もあった。


午後4時少し前、社屋正面のエントランスにも水が溜まりはじめた。
いよいよだという予感を感じた。


社長に帰宅準備を促し、各机に重要書類がないか確かめ、クライアントの重要資料はキャビネットの一番上にしまって施錠し、急いで帰宅準備をした。


社長と私は、それぞれロッカーに置いていた長靴に履き替えた。
セキュリティ以外の電源はすべてオフにし、ドアを施錠してそれぞれクルマに乗り込んだ。
クルマに辿り着く間に、スーツはずぶ濡れになっていた。
彼岸を過ぎても、日暮れには早い時間だったが雨で視界が利かない。
ライトを点け、ワイパーをHiにして勢いよく駐車場を出た。


駐車場から、国道に合流したのは私のクルマが先だった。
国道は、市内方向だけがやたら混雑し、対向車線はほとんど通行がなかった。


対向車がない理由は直ぐにわかった。
すでに、市内を流れる川が氾濫しはじめ、市街地からクルマで逃れる術がなかったんだ。


停滞する国道の路面に、前方から濁った水が流れはじめた。
その時、6台ほど先のクルマの動きが奇妙だと感じた。
信号で停車中なのに、そのクルマは車体が横へ外れて行った。


マズいと思い、少し強引にUターンして、2台隔てた後続の社長に手で合図を送り、
「着いて来い!」と怒鳴った。


伝わったか? それとも怒ったのか?(笑) いや、意図は伝わったに違いなかった。
社長は、図体のデカい高級車をジタバタさせて何とか私のクルマに追いついてきた。
いつもの帰り道とは逆方向へ走り、1キロ先の開けた台地に向かった。


高台に整備されつつある工業団地に着いた頃、国道では逃げ場を失ったクルマの列が、
不規則に崩れて流されはじめた。


そんな光景を目の当たりにしながら「お疲れ様」「じゃあ、また明日」などと、
まったく状況に不似合いな言葉を交わし、二人はその場で別れた。


常識的に考えれば、安全が担保された高台に留まって様子を見るべきだったろうが、
四輪駆動車だったことが根拠のない自信を生み出し、長渕剛のCDが変に闘争心を煽った。
普段は、20分ほどで帰宅できるところを、道路の水没やら橋の崩落で迂回したり、
廃道を横切ったりしながら郊外の自宅を目指した。


こうして泥に汚れ、少しヘコんでチャーミングになった愛車とともに、
午後7時頃ようやく自宅に帰り着いた。


その夜のニュースでは、市街地の約三分の一が水没だとか、市内の大半が停電中だとか、
滅多に全国報道などされない田舎町の名前とともに、この町に起きた出来事が報じられた。


二日後、実際に目にした市街地は想像以上に悲惨な有様だった。
舗装が捲れた道路、くの字に折れた橋、河原に見えるほど石と砂に埋まった校庭、
根ごと歩道に流されたり、所々で建物に倒れ掛かっていたりする街路樹。
少し狭い交差点では、流されて来たクルマがぐしゃぐしゃになって折り重なり、
また別の所では、マイクロバスが横倒しになり、潰れたトラックが道を塞いでいた。


時系列で記憶を辿ると、職場の周辺は二人が退去した直後の午後4時半頃、
2mを超える濁流に呑み込まれたことになる。
社屋は、鉄骨造りの外壁がえぐられ、全設備と車両や備品、データのほとんどを喪失し、
倒産寸前に追い込まれるほどの大損害を被ったが、社員から犠牲者は出さずに済んだ。


“人命は地球より重い”という言葉に異議はない。
けれども、個々の人生で、失うと未来を左右するほど痛いものは幾つもある。


自宅は大きな被害ではなかったが、ガレージと庭の泥を撤去するのに丸二日を要し、
愛車の修理代には70.000円ほど要した。


器の小さい男だと笑われるかも知れないが、思うように進まない職場の復旧には苛立ったし、
愛車の修理代を支払う際、薄給の我が身を呪い、ケチな社長にほんの少しだけ殺意を抱いたりもした。(笑)


神戸での地震と、激甚災害に指定された水害の実体験が、現在進行形で今なお自分の人生に少なからず影響を与え、影を落としていると感じたりもする。


それでも人は、自然と共生しつつ、時には反目し合いながら、自分に与えられた役割を果たし、個々に自分なりの人生を探して歩むしかない。







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Last updated  2015.09.13 00:34:53
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