連絡手段としてのブログ
人の付き合いというのは時代とともに大きく変わってきている。まるで何かの受け売りのような発言そのものであるが、本当にそう思う。文字がない時代は話して伝達だったわけでしょ。文字が出来て石とかに彫って。そして紙が出来て文書で伝えるということになり。そして急に飛躍して現代。文通なんてはるか昔のお話。電話だって過去になりつつあるかも。どちらかといえばLINEやフェイスブックやらなんやら・・・近年、電話ってしなくなったな。。。と思う。実は今月から携帯電話かけ放題のプランになったんだけどね、私。彼氏の名義で使ってるのですが、彼氏が機種変するにあたって色々見直してかけ放題のほうが安いらしいので。新プランに変更したんだよね。トータルで見てとのこと。まぁ、私にはマイナス面はないから何でもいいけど。でも、かけ放題といわれても別に。。。誰にかける?って話だな(苦笑)家のメルアド、今回は7,8年使っていた。いつもは2,3年ごとに変えてるのだが。携帯のアドレスも同様。春頃を目処にアドレスを変えたいと思っている。そうだな、それがいい。少々いまのメインアドレスは長く使いすぎた。このブログは何度も書いてるが、誰も読む人がいなくなっても多分、フラッと戻ってきて何かを書いていく。楽天ブログというサービスがなくなってしまわない限り。このブログのタイトルにいくつかの意味がある。その一つに私はある人を待っている。いや、正確には「待っていた時代もだった」だね。そしてその気持ちはなくなり。。。でも、最近時々やけにとある人のことを思い出す。でも、もし、だって・・・嫌いな言葉だがそれが頭を過ぎる。その話は今日はさておき。もし、自分が音信普通になってもここは残すことには決めている。何かの行き違いになったり、すでに行き違いになってもここにメールフォームからメッセージ送ってくれればという話になる。うん、それだけの話。