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子育てって凄く面白いものですが、一番大事なことが、子育て16年目にして、やっとわかってきたような気がしています。今の大抵の親は、どんなことでも一方的な働きかけを実行しており、それは本人にとっては全く意味をなさないということが、わかるようになりました。
私は早期教育も必死にやりました。そういう子達は、確かに勉強もそこそこ出来ます。 だけどそれが子供達を大成させる方向へ進んだかといえば、そうではなかったような気がします。なぜなら、一方的に親が働きかけすぎて本人の好奇心でとにかく探求し学ぶということがなくなってしまうからです。 私の中で早期教育とは=親からの一方的なインプットという認識が更に強くなりました。 休日の子供達の過ごし方を見ると、本当にそう思います。 働きかけの多かった子ほど、今ある知識に左右され、どんなことにも思い込みが激しくて自由な発想を持たなくなりました。 だから、こちらから提案しなければ、何をしたら良いのか?実際わからなくなる子も多いようです。結局、人の成功は、勉学が優秀になるということではない!と思うようになりました。 本当の成功は、人並み外れたコミュニケーション力に物事を自分で生み出そうとする力が加わって、初めて成し遂げられると思うのです。 他人との交流の中で、自分の力を最大限に発揮できる子。 それが本当の成功を導くことが出来るような気がするのです。 皆が力を貸してあげたいと思ってしまう、そういう所が必要なのです。 いわゆる勉強の優秀な子というのは、自分のことをハンパなく信じているので、他人の力を信用しない所があります。常に間違いを許せないから、結局自分ですべてをこなそうとする。 だけれども、それがコミュニケーション力を阻害してしまい、結局チームワークが必要なことは一切出来なくなってしまうのです。人の上には立てない・人とは交われない人間に育ってしまうかもしれない怖さがあるのです。 人の力は偉大です。 とにかくコミュニケーション力がなければ、どんなに優秀に育てても意味がありません。 塾に行かせ、スポーツをさせ、家ではとにかくいろんな事を親がチャレンジさせていく。 それは決して悪いことではありません。 だけど、それは本当に本人が強くなる・本人のためになることなのでしょうか? ただ毎日のカリキュラムをこなすだけの人間になってしまうのではないでしょうか? どこかの教育システムと同じで、常に与えられたものをこなすことで、すぐに満足してしまう人間になってしまうような気がします。 そういうただ優秀なだけな子というのは、他人の歯車として生きていくほかありません。 自分が上に立ってやっていこう!という気持ちがあっても、人の協力を得ることが難しいからです。 もしこれから子供を育てていこうとするならば、常に良い環境ばかりに据えては駄目だと思います。これからの時代、ウツにならず、どんな逆境にも耐えていける子がきっと生き残りますから。 人生は常に良い事ばかりではありません。 だけどどんな事でも如何にプラスに考えられるか?そこが大事なんです。 良い環境に慣れすぎた子は、現実とのギャップに苦しみます。 そして今の日本は、そういう現実とのギャップを処理しきれない人間が増えているのです。 だからこそ、心を病んでしまう。 そこが今の日本の教育の問題点なのかもしれませんね。 豊かであれば、何でも良いということではない!ということです。 パソコンやスマホに依存する子供。 どんどんコミュニケーション力を失う方向に進んでいます。 そこに早く気付かなければ、いけません。 何を子供に与えるべきか、何を与えないべきか・・・じっくり考える必要があります。 今一度、立ち止まって本気で子育てを考えていきたい最近の私です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.08.05 06:20:27
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