カテゴリ:あきらめるな
今週末は息子の高校最後の総体連の試合があります。
部活動はけして平坦な道のりではなかったようです。 新しく後輩が入ってきたばっかりのときは、教えてばっかりで自分の練習が あまりできず、練習したいという葛藤を感じているようでした。 1年生が成長すると、今度はいかに自主的に練習やその他の部活動をするように 促すかということで頭を悩ませていました。いつも詳しく話してくれるわけではなく サラッと話す息子ですが、聴いていると、まるで部課長の管理職の悩みのようです。 あなたのクリックをご協力ください。ありがとうございます!! 他の高校に練習試合を申し込みに行き、日程や会場、それぞれの高校の役割を 決めたりする交渉の話しも、まるで社会人の渉外係りのような感じでした。 部活を通して、いろんなことを学んでいる様子に親としては嬉しく思っていましたが、 本当につらいことは親には話さないため、息子の表情から苦労している様子を 感じ取ることもありました。 そして、ついに迎える最後の総体。 いろんな想いがこみ上げてきているだろうなと思いながら、悔いのない試合に なることを願いながら、様子を見ていました。 今週の火曜日は「うまくあたらない」と、民間の弓道場で夜の11時まで練習する始末。 そんなにやっては、体力を消耗してしまい、かえって良くないのではと思っていると、 昨日は、少し早めに帰ってきました。 そして、嬉しいことを報告してくれました。 後輩たちと女子チームから寄せ書きをもらったらしいのです。 かいつまんでどんなことが書いてあったか話してくれました。 息子への感謝の気持ち、応援の言葉。 聴いているだけで涙が出てきました。 今までの苦労のことを考えると、さぞ、嬉しかったろうと感じ、 「苦労が報われたね。」と私は息子に言いました。 すると、息子は、 「報われた、というよりは、苦労してよかった、って思う。」と答えました。 「苦労してよかった。」 報われた、という言葉よりも、大きな深い喜びを感じました。 大きな深い喜びは、いろんな試練を乗り越えたからこそ得られたもの。 自分ひとりではどうしようもないことを受け入れたり、 意見の違う人たちを苦労してまとめ上げたり、自分の技術がなかなか上がらないのを なんとか上げようと努力を続けたり、簡単ではなかったことを 乗り越えたからこそ得られたものでした。 寄せ書きをもらって嬉しそうにしていた息子。 しかし、実は、自分自身が後輩一人一人に、応援のメッセージを弓具に書いて 贈っていたようでした。 与えて受け取っていたのですね。 お互いに贈りあったメッセージは、何にも替えがたい大事な大事な宝物に なるに違いありません。 胸が熱くなったひと時でした。 自分がワクワクできることを発見するソース・ワークショップ 7/26・27 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年05月29日 11時19分29秒
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