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たった一度の最高の思い出
無職 島田よし 80歳 (さいたま市浦和区) 昭和十七年、私は地元の軍需下請け工場に入社した。厳しい戦争の中、緊張した日々。 そのころ私の職場によく出入りしていたKさんが、ふとした会話で文学青年と知った。 私も、詩文を書くのが好きだったため、そっと文通を始めた。 俳句、短歌、詩のほかに、その時々の便りを書いては、誰にも知られぬように手渡した。 心の交流を深め、お互いを確かめ合い、励ましあったりした。厳しい戦争中のこと、素直な愛の表現など許されるものではなく、そっと手紙の文中に秘められていた。 そして翌年、彼は横須賀・久里浜の海軍通信学校入隊が決まった。「思い出に映画を見に行こう」と彼は言った。 浅草の映画館で李香蘭の「蘇州夜曲」を見て食事をした。たった一度の最高の思い出。 間もなく彼から、りりしい水兵服姿の写真が送られてきた。 私が職場で担当していた「出入兵給与名簿」の中の彼の名前が、昭和二十年5月戦死の告示により消えた。 私は一人帰宅して号泣した。彼からの手紙は生涯の宝物として今もしまってある。 新聞切り抜き 2006-4-20 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年04月23日 13時57分46秒
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