カテゴリ:カテゴリ未分類
昼過ぎに、アスファルトから別れた側道に座り込む婦人をみかけた。
膝を折り込むようにして、土の道に横座りしている。 「どうかなさいましたか?」 携帯電話をさぐりながら声をかけた。 「足でもくじかれましたか?」 返答次第では救急車を呼ばねばなるまい。 婦人は白い面をあげて、ふわと笑った。 一瞬、乙女に見えた。 あどけない表情のまま、婦人は言った。 「銀木犀の香りを楽しんでいるのです。」 「いやしかし、金木犀の方が香りは良いでしょう。」 私は来し方を振り向いた。民家の玄関先に幾本かの金木犀が連なっている。 婦人は静かにうなずいた。 「ええ、だからわたくしは、銀木犀の香をかぐのです。」 明るい顔で笑った。 「誤解はなさらないでくださいませ、わたくしは金木犀も等しく好きでございます。けれど、銀木犀は淋しくはないだろうかと一度思えば、わたくしは、この木に寄り添っていたく思うのです。」 私は婦人にひとつ会釈した。白い十字の花が婦人の頭に落ちているのを見て、微笑ましく思った。 数日後、私は同じ場所を通りかかった。婦人はいなかった。 真っ白い小さな十字の花が無数に散っている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年10月20日 06時18分56秒
コメント(0) | コメントを書く |
|