倉橋由美子
亡くなった、と今、ニュースで。倉橋由美子は死なない、と何故か思っていた。きっとずっと、ぽつりぽつり、気味の悪い奇妙で星賛な小説を発表し続けると思っていた。私が死ぬまで。いや、私が死んでからもずっと。永久に、永遠に、魔女の小説は紡がれると思っていた。共同通信のニュースには、「『パルタイ』『スミヤキストQの冒険』などの小説で知られる」とある。私はこの2作とも未読である。私にとって、倉橋由美子は「聖少女」の作家だった。高校に入学して、一番最初の放課後に図書室に行った。創立8年目の学校だったので、本の数は少なかった。とてもがっかりした。広くがらんと机の並んだそこは、図書室というより自習室だった。奥の方にスチールの背の高い本棚があり、現代文学全集が置いてあった。正確なタイトルも出版社も覚えていない。赤い布張りの本の手触り、やさしい女性の名前、「聖少女」というロマンティックなタイトルにひかれて、この本を借りた。個人の貸し出しカードの先頭に、「倉橋由美子」の名を書いた。怪しく息をつめる、美しい話だった。木の机に手のひらを置いて読んでいたのだけど、読み終わり手をはずしたとき、汗がニスの上うすく浮いていた。妙に生々しくてパジャマの袖で乱暴にぬぐった。3年間、何度か手にとった。もう貸し出しはしなかったけれど、背表紙の裏の貸し出しカードをチェックするたび、私の名前だけがあった。確認するたび、私は熱い息をついた。まだ、息づいているだろうか。からっぽの図書室の片隅で。あの、赤い本は。制服を着た、私の影は。