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私はこどもが苦手だった。
自分自身がこどもだったから。 人に合わせてもらうのを当然とし、人に合わせることなんて考えたこともなかった。だから、好きに生きている子どもが苦手だった。 そんな私が子どもを生んじゃうんだから、それはもう大変。子どもが生まれてから最近まで、正直なところ、自分の時間を奪われることにいらだっていた。教会を知るまで、「あなたにだって半分は責任あるんだからね!」と優しい夫にしんどい部分をなすりつけ、自分はラクラク過ごしていたのだ。 子どもが何か失敗をしたとき、親は自分のこととして人に頭を下げねばならないが、「あんたが自分でしでかしたことでしょ!」と知らん振り。何かに興味をもって子どもが立ち止まると「ちょっと!さっさと行くわよ」とわきを足早にとおりすぎる。あわてて追いかけてくる息子。そんな毎日を繰り返していた。赤ちゃんの時からずっとだ。かわいいと思えるのは表面的で、本質的な部分で拒絶していたように思う。苦しい毎日だった。 やっと最近、ほんの少しずつだが、子どもを待てるようになってきた。そして、子どもがやってしまった失敗の全てを、自分が引き受ける覚悟ができた。 そうすると、どうだろうか。 あんなにいらだっていた日常がうそのように一変してきた。 子ども自身も、どこか攻撃的だったのが、おだやかになってきた。 周囲の人たちからも「なんだか変わってきたね」と言われるほどの変化だ。 親の言うことに従い、手を煩わせない「いい子」であることを期待していたときは、どこかヒステリックになっていたが、子どもの心を開放してやり、子どもがどんなことをしても、全部自分がまいた種だと納得して受け入れる体勢でいると、少しも腹がたたない。むしろ、子どもに謝りたくなるときが多くなった。子どもの失敗は、たいてい私に原因があることに気づいたからだ。実は失敗したときに、子どもは傷ついているってことも最近わかってきた。失敗した事実だけでもへこんでるのに、おいうちをかけるかのごとく、母親に責められたら小さな子だってグレたくなるよね(笑)。 子どもを持つってすごいことだなーと実感。 私みたいなどうしようもない人間を、親として、人として更生させていくんだもんね(笑)。 同時に、夫への気持ちもとても深いものへと変わってきたんだけど、それはまた別の機会に。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012年04月09日 22時10分35秒
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