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2024.09.12
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カテゴリ:福岡県
読みは「のこのしま」。博多湾の中央に浮かぶ島(有人島)。

面積は3.95㎢、周囲は12m。人口は約640人。ひょうたん形の島で、山地形で平地が少なく最高標高は190m。福岡市営渡船の姪浜旅客待合所からフェリーで約10分で行けるようになっている。

福岡市から手軽に行けるリゾート島として知られる。北部には花の名所として有名な「のこのしまアイランドパーク」があり春は菜の花、夏はアジサイひまわり、秋はコスモスと、一年を通して様々な花が園内を綺麗に彩る。能古島キャンプ村・海水浴場もあり、食事処やレストラン、カフェも点在する。島の歴史にまつわるスポットもあり、多くの見どころがある。渡船所からアイランドパークまではバスが運行しており、レンタサイクルもあり。

古くから存在が知られていた島で、平安時代の731年(天平3年)に書かれた史料においても「能護嶋」の名前で登場している。筑前国続風土記においては神功皇后が三韓征伐から帰還した際に、島に神霊を残し留めて降伏を祈ったことから「残の島」と呼んだという記述がある。奈良時代には島に防人が置かれ、万葉集にも詠われている。中世には外国勢力の上陸があったことが記録に残っており、1281年(弘安4年)の弘安の役では元寇が上陸している。江戸時代には福岡藩(黒田藩)の鹿の狩場となり、残島浦として筑前五ヶ浦廻船の拠点の一つとなり栄えた。1941年(昭和16年)に福岡市と合併した時に、現在の「能古島」の名になった。


姪浜旅客待合所。ここからフェリーに乗って能古島に。能古島の他に志賀島、玄海島行きの便もある。


待合所の近くからも、目視で能古島が見える。真ん中の島が能古島で、左奥に見えるのが玄海島、右に見えるのが志賀島。


フェリーに乗って能古島へ。所要時間は片道で約10分。


能古島へ到着。渡船所近くの漁港。




永福寺。曹洞宗の寺院。古くは博多区にある承天寺の末寺で、神宮寺と呼ばれていた。創建の年月は不明だが、1602年(慶長7年)の検地帳に載っていることからそれ以前に創建されたと考えられている。明治維新後の神仏分離によって近くにあった養油軒と合併し、寺号を現在の永福寺に改称した。境内には、多々羅義雄の歌碑や二八観音などがある。


地元出身の洋画家である多々羅義雄氏の歌碑。"産砂は 伊筑紫くに 能古ヶ島 夕陽の灘をば 何と拝まむ"と記されている。


二八観音。1946年(昭和21年)に海上で能古渡船が転覆し遭難、その時船に乗っていた28人が犠牲となった。この観音像はその犠牲者の霊を弔うために建立されたもので、28人の犠牲者に因んで二八観音と名付けられた。


能古渡船転覆遭難事故の慰霊碑。






能古焼古窯跡。能古博物館の近くにある。1764年(明和元年)から1788年(天明8年)にかけて、当地で有田焼・高取焼系の陶磁器を作るために使われていた窯。本体の長さは22m、最大幅5.28m。焚口部と焼成部7室の合計8室構造の連房式登窯。江戸時代中期に使われ、有田焼系と高取焼系の陶器を焼いた窯は非常に珍しいといい、この窯跡は市で唯一残された古窯跡で、保存状態も非常に良いものとなっている。


能許万葉歌碑。"風吹けば 沖つ白波 恐みと 能許の泊まりに あまた夜そ寝る(訳)"と記されている。能許(のこ)という地名が文献に初めて出た歌で、遣新羅使が能許の泊で風待ちをしている時の光景を詠んだもの。


能古博物館。能古島の歴史・民俗資料や儒学の筑前亀井学資料、能古島出身の画家である多々羅義雄の作品が展示されている。金、土、日曜日と祝日のみ開館(5月と10月は全日開館)。入館料は大人400円、高校生以下は無料。










白鬚神社。御祭神は住吉大神(スミヨシノオオカミ)、神功皇后、志賀明神など。能古島の産土神として崇敬されている。神功皇后が島に住吉の神霊を残し留めたことから「残の島」と呼んだという伝えがあり、その神霊を留めたのが白鬚神社だと言われている。境内には1689年(元禄2年)に寄進された石鳥居や、若者が力試しをした力石などが見られる。毎年10月9日に行われるおくんち行事は、市の無形文化財に指定されている。


壇一雄歌碑。能古島は直木賞を受賞した小説家の壇一雄が晩年を過ごした場所としても知られている。旧宅跡には歌碑が建てられており"つくづくと 櫨の葉朱く 染みゆけど 下照る妹の 有りと云はなく"と妻であった律子の死を悼んで詠んだ歌が刻まれている。


北浦城跡。島の東端にある城跡で、藤原純友の家臣である伊賀寿太郎もしくは山上憶良が築城したと伝えられる。平安時代の築城と考えられており、幅4.8m、深さ4.5m、長さ23mの堀が確認されているそうだが、遺構の見学はできないようになっている。








能古島展望台。島の中央、山頂195mの場所にある展望台で、福岡市の街や玄界灘に浮かぶ島々を一望できる。

福岡県福岡市 『能古島②』​へ続く



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最終更新日  2024.09.13 23:18:35
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