放射線の恐ろしさ
原子炉などでの人工的なウラン原子の分裂で生まれた原子は核分裂生成物といい,約200種の放射性同位元素を含んでいる。 いま仮に,原子爆発後一時間目を出発点にして全放射能を測定すれば,核分裂生成物の全放射能の半分は32時間でもえつきてしまい,3ヶ月が経過した後の生物学的に重要な核分裂生成物は、半減期56日のストロンチウム89、28年のストロンチウム90、33年のセシウム137、および280日のセリウム144である。大気中に漏出することをを防ぐのが難しい気体の核分裂生成物である放射性元素は,半減期8日の沃素131と,約10年のクリプトン85である。沃素131の許容量は小さいが,摂取するとその殆んど全部が小さな甲状腺に集中する。沃素131はβ線とγ線を放出しながら崩壊してその半分は安定した気体のキセノン131になり,γ線を放出するが大気中に拡散してしまう。沃素131で汚染された牧草を食料にした牛の乳が,広い地域に運搬されて直ちに消費者の食卓に乗り,多数の放射線被害がでる恐れがあることで重大な問題である。クリプトン85は長い年月にわたり地球全体に拡がり,地球表面を覆うその濃度についてが重要な問題である。 このような不安定な原子をもつ元素は、α線やβ線やγ線と呼ばれる放射線を放出しながらより安定な元素へと自然崩壊し自らは他の元素の原子に変化していく性質を持っており,その崩壊して原子数がもとの半分になる期間は半減期と呼ばれており,もとの元素の放射能(放射線を出す現象)が半減する期間であり,これは原子固有のものである。ウラン238のように地球上に豊富にある同位元素の半減期は45億年で地球の年齢に近いものである。同位元素とは,同じ元素(原子番号が同じ)であるが質量が異なる(中性子数が違う)元素同士のことである。 従って,同じ元素で放射線を出しながら自然崩壊する元素を放射性同位元素という。原子が自然崩壊するときに放出するα線,β線,γ線の放射線はそれぞれ,α粒,β粒子,γ線の流れのことである。 これらの放射線について十分な認識を持たなければならないのは,γ線については身体に対する外部照射による障害であり、α粒子やβ粒子は,それらを放出しうる放射性物質が体内に取り込まれたときの内部照射による障害についてである。 α粒子は水または身体の組織中を40~50ミクロン進行するのがせいぜいの飛程,つまり人間の皮膚の無感覚な組織の部分を通るだけで完全に停止してしまうので,外部照射による障害を及ぼさない事は確かであるが,人体内に摂取された放射性物質から放出されたα粒子は重大な障害を引き起こす。 β粒子は身体の組織中ではジグザグのみちをとり,数ミリメートルくらいしか貫通しない。したがって,ごく表面の組織に対する場合を除いては,外からの放射線源としては重要でない。 放射線による被曝とは,"長い将来"すなわち,被曝して1年,10年あるいは50年ののち,更には,子や孫の代になって受けるであろう障害が含まれているということが重要である。 これらの放射線が組織中を通過するときには,そこに引き起こす電離によって組織に影響を与える。 電離とは,物質中を放射線が通過する事によって原子がイオン(電子を失った原子)化することである。このように,組織を通過するときにイオンを作る放射線(x線,γ線,α粒子,β粒子,中性子)を電離放射線という。 電離にはじまる細胞の複雑な分子のなかでおこる一連の反応に含まれる生物学的なメカニズムは完全には分かっていない。 人は誰でもその体内に,ごく微量の検出できる量のラジウムやその他の放射線源を持っている。呼吸する空気や摂取する飲み物や食べ物からごく微量の放射性物質を体内に持ち込みこれらは体内に蓄積され,主として骨に沈着する。これらの放射線源は人間の内部放射能の自然量すなわちバックグランドを形成する。人間の内部環境を形づくっている放射性物質は,体重が重い人ほど,また,年をとっている人ほど体内に蓄積した放射性物質は多い。 人体内の天然放射能として最も多いのが,人間にとってなくてはならない元素カリウムであり,そのカリウム原子のごく少量は,半減期12.8億年のカリウム40であることが知られている。このカリウム40は天然放射能を持ち,β粒子とγ線を放出する。この放射性元素から放出される内部放射線量は一年間あたり0.2ミリグレイ(mGy)に上る。もう一つの放射性元素が炭水化物に必須の構成要素である炭素の形で身体の成分のなかに入ってくる。人体の約18%は炭素であり,この中のごく微量が半減期5,730年の炭素14であり,この元素を含む食物の摂取や空気の呼吸によって体内に侵入する。炭素14は宇宙線が空気中の窒素に作用することによってたえず地球の大気の中で創造されていると考えられている。放射性炭素からでるβ線は1年間あたり0.02ミリグレイである。ラジウムやその放射性誘導体の体内量については,食物や飲み物や空気中のラジウムの濃度に依存するので,特定することはできない。その濃度は地球上の地域、さらに一年の時期,風雨や降雪などの気象や地表の条件によって違った量で空気中に発散してゆく。 すべての体細胞が放射線に対して同じような感受性を示すわけではない。放射線感受性の敏感な組織は5グレイもしくはそれ以下の線量によって重大な障害をこうむるかあるいは死んでしまうような細胞から成る組織で代表的なものは骨髄,リンパ球,睾丸や子宮の細胞が含まれる。放射線感受性が中等程度の組織は5グレイから25グレイ程度の放射線量によって殺傷されるかひどく損害を受ける細胞で,成長中の骨,皮膚の上皮細胞,唾液線,腸の組織や弾力組織がすべてこの範ちゅうに入る。放射線抵抗性の細胞は25グレイ程度までの線量に対してほとんど障害をおこさない細胞で,腎臓,肝臓,成長した骨,脳,神経組織などがこの種類に入る。原子放射線が生組織を貫くと細胞が破壊される。細胞はいくつかの原子と分子で出来ており放射線をうけると,それらは分裂して電気を帯びたイオンに変わる。この電離の過程は一兆分の一秒以内で終わるが,これが細胞内では目立たない連鎖反応を引き起こし,何年もの後でさえ細胞に障害を与えたり死滅させるに至る。細胞は生きており,増殖・分裂を行う小さな有機体であるから,放射線から受けた障害に対して修復を行って、見かけ上の回復をもたらす。しかし、生組織を貫いた放射線量が比較的に多い場合は,細胞が分裂しようとする時に,瞬間的にあるいはほんの少時間の後に死んでしまう。 ここで、重要なことは、いかなる種類の電離放射線(α線,β線、γ線,中性子,宇宙線,等々のいずれであろうとも)も,細胞と組織に対して同じ効果を与えるという事実である。細胞のなかの水分に放射線が作用すると,その少部分が分解して極度に活性な物質,遊離基と呼ばれるものになり,それが容易に作用しあって,過酸化物やその他の細胞毒物質を作る。これらの過酸化物やその他の多くの変性生成物は,短い時間動きまわって,反応しやすい分子を変化させる。細胞中の最も敏感な物資に酵素があり、それは本来巨大な蛋白質の分子である。放射線によって変化した酵素の一分子は、細胞の代謝作用をつづけるのに必要な十万あるいはそれ以上の分子を変化させてしまうだろう。したがってここに、放射線の比較的小さな影響がついには細胞の可視的な害に変わる,必然的な拡大あるいは増大のしくみのひとつがみられる。 ときには、α線や中性子のような重い粒子の電離放射線が染色体に正面からぶつかった時に,実際に染色体が破壊される電離現象が観察されている。放射線はまた,細胞の環境に変化を起すことによっても,細胞に害を与える。細胞は溶液中に浸っていて,放射線によって作られた活性生成物が,この溶液から細胞に届いて障害をおこしうる。また、細胞は血液の供給を妨げられてだめになるし,放射線に殺された細胞から出た毒物の作用によっても害をうけることがある。組織は細胞の特殊な集合体であるから,放射線に被曝すると,それを構成している細胞が障害を受けたり死んだりする結果、組織に害を及ぼすことになる。 放射線感受性は,組織によって非常に異なっている。しかし一般に,急速に増殖している組織と豊富な血液に依存している組織とが放射線に最も敏感であるようである。従って放射線の効果に最も敏感な臓器は骨髄、脾臓などの造血臓器と生殖組織であり,それに次いで,皮膚,成長途中の骨,血管の内皮,胃,腸である。また,見かけ上反応しない組織も,ずっと後になれば障害をあらわすかもわからない。 放射線の生物的反応の最も特徴的なことの一つは、生体の被曝と放射線によって起される変化が現れるまでの間の時間のずれである。潜伏期と呼ばれるこの時間の長さは組織の種類や他の生物学的要因できまるが,最も重要な一つの要因は放射線量の大きさである。一般に線量が多ければ多いほど,障害の現れるのも早い。しかし,癌の発生についてもそうであるが,非常に遅く現れる効果については,線量と症状の現れる時期との関係をうまく表すわけにはいかない。ただ,一般にそれは,蓄積された放射線の総量にだけ依存しているようである。 放射線の人体障害についていえることは,どんな細胞も放射線照射の効果から完全に回復することはないということである。細胞が回復するように見えるとしても,逆戻りすることのない効果が染色体や遺伝子に残るのである。これは,生殖に関与する細胞についての遺伝の事だけではなく,われわれの身体の中の組織細胞にもまた,古い出来事を記憶し伝えながら新しい細胞の「子孫を生ずる」という同様の能力がある。遺伝的要素の場合と同様に,これらの体細胞の突然変異によって、問題の型の細胞が数世代続いて後に現れるかも知れない。そのため,例えば約四ヶ月しか生きていない皮膚の母細胞,ずっと後に異常な,すなわち欠陥のある細胞を生ずるということもありうる。こうして出来た細胞は,こうむった放射線の総量と当該組織の特徴に応じて,一年,十年,あるいは五十年もの後に,癌や疣状の増殖あるいはまた潰瘍状組織などを生じるであろう。 電離放射線は体細胞と生殖細胞中の遺伝子を変化させ,それらを異常に成長させたり,あるいは増殖させたりすることが出来る。もし遺伝子の変化が皮膚,肝臓,あるいは骨髄のような増殖,再生を行う対組織細胞で起これば,被曝した人間に癌その他の有害な変化が起こりうる。もし遺伝子の変化が性細胞で起こった場合,この細胞によって生殖が行われると,数世代後には突然変異が起こるだろう。染色体の放射線障害が何世代も後の性細胞の変性の原因となることは,既に知られていることである。 たいぞ~さんは、少なくとも、福島第一原発の避難区域の人々は放射線管理手帳等により,概算値でもよいから,生涯にわたっての放射線被ばく線量管理が行われることが望ましいと考える。「放射線の恐ろしさ」 J・シェバード、R・E・ラップ著 中村誠太郎、三次和夫訳 岩波書店発行 昭和37年6月30日第2刷 より